【となりの異教徒 妻は寺娘】 凸凹夫婦の歩み(3)教会時代~青年会復活の立役者となった 一人の非キリスト教徒 Ministry 2020年秋・第46号

 キリスト教の信者ではない妻・明香は、私が伝道師として務めていた教会で、果たしてどのような存在だったであろうか。一人の「非信者」? それとも「伝道師夫人」? これについては、本人に尋ねても「わからない」らしい。ただ、唯一はっきりと言えるのは、彼女は教会において、「青年会の復活」という偉業を成し遂げた貢献者の一人であったということである。

 私が伝道師として遣わされた教会は、都会の大きな教会であったが、青年会の活動は行われていなかった。人が集まらないため、長く休会状態が続いていたのである。ただし、若い世代の人たちがまったくいないわけでもなかった。幼いころから家族と一緒に教会に来ているティーンエイジャーは数人いたし、その子たちも含め、毎週の礼拝には必ず何人かの青年が出席していた。つまり、若者同士で集まるキッカケがない、ただそれだけのことだったのである。そこで、私はさっそく、青年会の活動再開に向けて環境整備に取り組むことにした。

 結果から言えば、青年たちのための〝居場所〟づくりは成功し、私が伝道師としての任を終えて3年が経過した今も、若者たちは、これといった目的がなくても礼拝後には青年会用の集会室に足を向けるようになっている。だが、すべてを私が整えたわけでは決してない。
私がやったことといえば、イベントを企画するなど〝骨組み〟を用意しただけに過ぎなかった。実際にそこに〝肉付け〟していったのは、私ではなく明香であったのである。

 教会員でもなければ信者でも求道者でもない明香は、日常の業務に追われてなかなか青年たちのフォローができない私に代わって、青年たち一人ひとりに目を配り、彼ら彼女らの間を取り持ってくれた。そのおかげで、次第に緩やかな集まりが作られていき、2年目には、かつての神学部での経験を活かして「ページェント(キリスト降誕劇)」を上演することができた。ここでもやはり、演技指導や衣装の準備など、主だったことはほとんど明香が担当してくれた。

 〝復活〟した青年会と明香との関係を語る上で欠かすことができないのは、3年目のクリスマスの時期に開催した、青年会主催の「トーンチャイム礼拝」である。日曜日だけでは練習時間が足りないので、平日の夕方にも集まって練習する必要があった。ある日のこと、夜の礼拝を終えて教会を閉館しようとしていたところ、時計はすでに午後9時を指していたにもかかわらず、2階の礼拝堂からトーンチャイムを演奏する音が聴こえてきた。なんと、本番を目前に控えた青年たちが、明香と一緒に猛練習をしていたのである。私は、強く心を打たれた。明香の持つ求心力や彼女に対する青年たちからの信頼、そして何より、これまで教会でバラバラに過ごしていた青年たちが、一つの目標に向かって力を合わせてがんばっている、その姿に。

 「ノンクリの私自身にとっても居心地の良い場にしたかっただけ」と、当時のことを振り返りつつ、明香はそのように語る。信仰継承とか、求道者養成とか、そういう会のあり方を目指していたならば、きっと青年会は復活しなかっただろう。青年会は、活動を再開したとき以来、今も非(未)信者のメンバーが約半数を占めている。理想的な教会の縮図のようだと、私は感じている。

柳川 真太朗
 やながわ・しんたろう 1989年、ノンクリスチャンの家庭に生まれる。2007年4月8日受洗。2014年3月、関西学院大学大学院神学研究科前期博士課程修了。同年4月、日本基督教団 名古屋中央教会担任教師。2017年4月より、名古屋学院大学 キリスト教センター 職員(日本基督教団教務教師)。

柳川 明香
 やながわ・はるか 1990年、曹洞宗の寺の長女として生まれる。2013年3月、関西学院大学神学部卒業。結婚後、夫・真太朗と共に名古屋へ。牧師・司祭用カラーシャツ工房『HARCA』経営。

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【Ministry】 特集「続・コロナ禍と向き合う――終わらない問い」 46号(2020年秋)

PezibearによるPixabayからの画像

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