【別冊Ministry】 小5から21歳まで教会で奉仕 鬱サバイバーのゴスペルシンガーが「死にたい」10代に届け続ける応援歌 矢嵜風花×さとしまる夫妻インタビュー 2024年6月30日

 「ずっと死にたいと思っていた」「世界で一番自分が嫌いだった」――壮絶な過去を努めて明るく打ち明けるゴスペルシンガーの矢嵜風花さん。牧師家庭で育ち、幼いころから教会で賛美の奉仕に携わる一方、いじめ、家出、過労など過酷な環境で鬱をわずらい、自責の念と生きづらさに苦しんできた。現在は、どん底からの立ち直り体験を生かし「自殺者を減らしたい!」と各地でライブ活動を続けるほか、クリスチャンとして教会では語りにくい思いなどをブログやYouTubeで発信している。形を変え、場所を変えながらも一貫して紡いできたのは、自身の中にある「声にならない声」だった。

本当の感情がわからない

 祖父母の代からクリスチャン。父、叔父、従兄弟が牧師という家系に生まれた。小学5年で「救われた」という確信があり、父が開拓した教会を積極的に手伝うようになった。当時は伝道に燃え、毎週のようにピアノやドラム、ボーカル、ベースなど、求められるまま奉仕に邁進(まいしん)した。しかし、中学、高校、短大と続けるうちに、「神様に愛されるために奉仕しなければ」「クリスチャンとして模範とならなければ」という強迫観念にさいなまれる。「怒ることは罪」と教わってきたので、怒っていても「怒っていない」と言い張り、嫌いな人がいても、「心が狭い」「愛が足りない」と自分を責めた。

 「霊的な臨在が感じられる教会だったので、賛美すると満たされるし、奉仕も楽しかったんです。でも、本当は休みたいのに、『できる?』と聞かれて『できない』と言えないのが辛かった。無条件で愛されていると教えられてきたはずなのに、こんな自分じゃダメだと勝手に条件を付けてしまっていました」

 幼いころ、自分の発言をめぐって両親が口論となったことから、「思ったことを言わない」癖がついた。いじめられて学校に行きたくなかった時も、何度か本心を言おうと試みたが、親には打ち明けることができなかった。1人で死のうと家出をしても気づかれず、誰にもわかってもらえないという孤独感だけが募り、本当の感情が自分でもわからなくなっていた。

 保育士になって2年目。もう一つ別の教会も手伝う中で忙殺され、泣きながら通勤する日々。それでも奉仕者がいないので、誰かがやるしかなかった。保育園からは病院で受診することを止められたが、セルフチェックの項目は、当時の症状とすべて合致した。完璧主義で繊細。傷つきやすい性格も要因の一つだった。

 理由もなく初めて礼拝を休んだ。神様が信じられなくなり、聖書の言葉も自分には語りかけられていないと思い込んだ。すべての奉仕をやめてから、ますます自尊感情を失った。当時、「祈ってるね」という言葉が素直に聞けなかった。「祈るくらいなら、私の話を聞いてほしい」。「鬱は霊的な戦いだ」とも言われ、傷ついた。「迷惑をかけてはいけない」との思いから、誰にも迷惑をかけない死に方を考え続けた。寝て、起きたら、消えていたい。

回復からの新たな決意

 鬱になって、初めて親に反抗できた。知人から自分を好きになる具体的な方法を教えてもらい、ダメな部分をさらけ出し、受け止めてもらうことで、家族ともようやく向き合うことができた。回復まで1年半ほどの記憶はあまりない。

 「鬱の間は毎日死にたいと思っていたのに、それでも死なずに済んだのは神様のことを知っていたから。救われているつもりだったけど、神様の愛がどんなに大きいかということを全然理解できていなかった」
と振り返る。

 辛い時も歌うことだけはやめなかった。周囲で自死者が相次いだことを機に、音楽ならいつでもどこにでも伝えられると思い立ち、「大好きな歌を通して、多くの人に希望や心の癒やしを届ける人になりたい」「困っている時、祈れる存在がいる、助けてくれる存在がいるということを紹介したい」と、封じ込めていた夢に向けて一歩を踏み出す決意を固めた。

 「それまでなんとなく、クリスチャンは元気な方がいいとか、マイナス思考になることや弱いことは悪いこと、強いメンタルがほしいと思っていましたが、やっと私の弱さも与えられた賜物だと思えるようになりました」

 26歳から始めて10周年。路上ライブでの縁でCDを作ったり、ラジオや地元のローカルテレビ局でレギュラー番組を担当したり、思わぬ形で用いられてきた。実際に「歌を聞いて救われました」という手紙をもらい、音楽を通して届いたという手応えも感じている。

 2017年、自作のオリジナルソング「生きてるだけで」を歌った「死にたいと思ってる人に」と題する動画は、現在まで20万回以上再生されている。チャンネルの登録者数は8千人を超えた。

 自殺予防の催しに招かれることも多い風花さんだが、悩める当事者に徹底して寄り添い「死んではいけない」とは決して言わない。最近アップした「死にたい10代の学生へ。伝えたいこと,知って欲しいこと。」では、今、この瞬間に死のうとする視聴者のために、そして万が一死んでしまうかもしれない視聴者のためにも自身の言葉で祈る。

 「もしこの動画を見た後、すぐに死のうと思っている方がいるのであれば、その方が天国に行けますように。そのすべての罪をイエス様が代わりに背負ってくださったと信じます。神様、あなたが全部奇麗にしてくださって天国に入れるように助けてください。イエス様がこの方と共にいてくださいますようにお願いします」

理解者はノンクリスチャン

 結婚した男性、通称「さとしまる」こと小池賢志さんも同じYouTubeに時々登場する。付き合い始めた当初、クリスチャンではなかったため、〝熱心な〟クリスチャンから心ない誹ひ 謗ぼう中傷のコメントも寄せられた。「クリスチャンでない配偶者が亡くなった時のことを考えてください。天国にいませんがいいんですか?」。今年アップした動画「【アンチ⁉️】嫌だったコメントランキング!」では、「地獄へ堕(お)ちろ」「聖書解釈の勘違いも甚だしい」「偽の福音を伝えるのはやめてください」に次いで、最も傷ついたコメントとして紹介した。

 「アンチはほぼクリスチャンです。こんな人がクリスチャンだったら、クリスチャンやめたいって思うことも結構ありました。『クリスチャンっていい人なんだ』って、あまり希望を持たないでほしい(笑)」

 ノンクリスチャンの友人を誘った教会のキャンプで、せっかく連れていったのに「クリスチャン以外は、これ以上ダメ」という対応を受けたこともある。クリスチャンと結婚することにまったく抵抗はなかったという賢志さんも、初めての聖餐式で「キミはまだ」と言われ疎外感を覚えた。「たとえ教会側に正当な理由があったとしても、説明がひと言あるかないかは大きな差。もっと伝え方にフォーカスを当てないと、正しいけれど人には伝わらないという状況は変わらない」と真っ当すぎる指摘。

 結婚後、ほどなくして洗礼を受けることになったが、意外にも風花さんからの勧めがあったわけではなく、一緒に聖書を読んだこともないという。

 「もちろん、元をたどれば彼女との出会いはきっかけですが、誰かに信じた方がいいとか、信じないと天国に行けないとか、強要されたことはないですね。今では普通に神様の話とか、教会に行っていることも話しますが、それほど拒絶されることはありません。やっぱり、多くの人は圧倒的に知らないだけなんですよね。『知らない』のと『信じない』のは違います」

 生まれつき身近にキリスト教があった風花さんと違い、ノンクリスチャンの時期が長かっただけに、「普通」の感覚との違いには敏感だ。

(全文は別冊「Ministry」に収録)

【新刊】 別冊Ministry 2024年6月号 特集「教会が教会であるために声にならない声に訊け」

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