青森・新郷村 真偽を超えて継承される「キリスト祭」 ふるさと活性化公社事務局長インタビュー 2026年5月21日

「キリストの墓」をめぐる伝承と現実
青森県三戸郡新郷村(旧・戸来村)にある「キリストの墓」は、イエス・キリストが十字架刑を逃れて日本に渡り、この地で生涯を終えたとする伝承に基づく。1930年代、「竹内文書」を根拠にこの地がキリストの墓とされたことを契機に広く知られるようになり、その後、研究者や著述家の関与によって全国的な注目を集めた。
東京オリンピックが開催された1964年、この地で始まった「キリスト祭」は、神官による祝詞と、十字架を囲んで踊る盆踊り「ナニャドヤラ」が組み合わされた独特の行事。宗教的正統性とは異なる文脈にありながら、半世紀以上にわたり継承されてきたこの祭りは、現在では地域の中核的な伝統行事となっている。
担い手の一人である新郷村ふるさと活性化公社事務局長の角岸秀伸さんに、キリスト教メディアとしては初めて取材を申し入れた。
――ご自身が「キリスト祭」に関わるようになった経緯を教えてください。
角岸 私自身はもともとヨーグルトの製造・輸出が本業で、この分野の専門ではありません。ただ「キリストの墓」公園や資料館の管理を観光協会が担っており、以前は専門的に関わっていた方々がいたのですが、高齢で退かれていきました。その流れで、結果的に私が関わるようになり、今は運営の一端を担っています。
――墓地の位置づけや祭りの成り立ちはどのようなものでしょうか?
角岸 墓はもともと沢口家の私有地で、私たち行政は管理を任されている立場です。「御子の墓」と呼ばれ、田植えの後に魂を慰める行事が行われていたのが起源と伝えられています。それが後に「キリストの墓」と結びつき、1964年に現在の「キリスト祭」として始まりました。初回には宮司が「キリストの名」で祝詞をあげたそうですが、その時は失笑もあったと聞いています。それでも形を変えながら今日まで続いてきました。

村で踊り継がれる「ナニャドヤラ」
――地元の人々は、この伝承をどのように受け止めているのでしょうか。
角岸 率直に言えば、村民の中で「ここが本当にキリストの墓だ」と強く信じている人は多くないと思います。かつてBBCの取材で「信じている人」を探したことがありましたが、むしろ見つけるのが難しかったくらいです。ただ、それと祭りをやることは別です。皆、行事としては非常に真剣に取り組んでいます。大事なのは伝承の真偽ではなく、弔うこと、そして先代から受け継いだものを次に渡していくことです。
――外部からは「珍しい奇祭」として注目されることも多いようです。
角岸 確かに面白がられている面はあると思います。ただ、私たち自身は特別なことをしているという感覚はあまりなく、淡々と続けているというのが実感です。むしろ外部の方々が騒いでいる印象があります。
――宗教的な配慮について気を付けていることはありますか?
角岸 信仰者の方に不快な思いをさせないことは意識しています。例えば新しいお土産を作る際も、地元カトリック教会の司祭に相談することがあります。キリスト教を揶揄したり、冒瀆的な表現にならないようにすることは大前提です。
*全文は紙面で。
かどぎし・ひでのぶ 1969年新郷村生まれ。村ふるさと活性化公社食品技師として「飲むヨーグルト」開発に携わり、2006年から事務局長。12年から乳製品の北米輸出を開始し、現在は青森県輸出促進協議会会長を務める。村観光協会副会長としても主にミステリーイベント企画運営に関わり、宣伝広報を担当。同村在住。














