人間関係を記録するという試み 『聴く隣人のいるところ』早川嗣監督インタビュー 2026年4月21日

愛真高校の日常に見る共同体のリアル
「しんどさを通してしか得られない経験」
島根県にある全寮制のキリスト教愛真高等学校を舞台にしたドキュメンタリー映画『聴く隣人のいるところ』。スマートフォンもインターネットもない環境で、生徒たちは3年間、仲間と寝食をともにしながら暮らす。そこにあるのは、日々の対話、衝突、そして「聴く」という営み。共同生活の中で紡がれる人間関係を描き出した本作は、学校紹介や信仰の啓発に回収されない射程を持つ。20年前に卒業した早川嗣監督は、なぜ母校を映画にしようと思い立ったのか。その動機と完成までの経緯、作品に込めた思いを聞いた。
――本作を撮るに至った経緯と、撮影の際に留意したことは?
早川 卒業から20年ほど経って母校に戻った時、生徒が自分の内面を語る「夕会」に立ち会いました。内容は非常に抽象的でポエムのような言葉だったのですが、その場に居合わせた生徒全員がそれを真剣に受け止めていました。普通であれば少し距離を取ったり、冗談めかしてしまったりするような場面で、それがまったく起きない。しかも語りが終わった後、何事もなかったかのように日常に戻っていく。その光景に強い衝撃を受けると同時に、自分もかつてこの場所で同じような経験をしていたはずなのに、それを忘れていたことに気づきました。その夜、なぜこれほど心が揺さぶられたのか考え続けて、眠れなくなったんです。20年前と比べても生徒数が半減し、いつこの営みが途絶えるかも分からないという現実を前に、せめて息子たちの世代にも記録として残したいとの思いから撮影を考えました。
ただ、人間関係そのものを撮ろうとすると、保護者も含めた学校関係者全員の許諾が必要で、当初は映画にするつもりもありませんでした。実際に映画として成り立ったのは奇跡的だと思います。撮影は1年間にわたり断続的に行い、合計すると2カ月弱ほど学校に滞在しました。素材は100時間を超えていますが、カメラの存在がプレッシャーにならないよう1日の撮影時間は3、4時間程度に絞りました。
また、特定の生徒と親しくなりすぎないよう配慮しました。撮影に興味を抱いてくれる生徒も多く、被写体である後輩たちと距離を縮めたくなる瞬間もありましたが、そうすると「誰を撮るか」という撮影者の意図が透けて見えてしまう。僕が撮りたかったのは個人ではなく、あくまで関係性なので、そのバランスには最後まで気を使いました。学校の皆さんが彼らの生活に集中していることも相まって、次第にカメラがあることを忘れていたと言う生徒がいるほど溶け込むことができ、ありのままの日常に近い風景が撮れたと感じています。
――愛真高校やキリスト教のPR映画にならないよう苦心されたのでは?
早川 そこは最も葛藤した部分です。僕自身、称賛や応援、あるいは告発のように方向づけられたドキュメンタリーに対して、どこか距離を感じてしまうところがありました。観終わった後に監督のメッセージだけが残るようなものではなく、観る側が自分事として引き受けられる作品にしたい。そのためには、学校を良く見せることも、逆に非難することも避け、あくまで自分の主観として見たものを提示する必要があると考えました。
実は撮影していた3学期に女の子も含めて生徒の4分の1くらいが突然のブームで坊主になったことがあり、正直、これは外部から見たら「変な学校」に見えてしまうのではないかと動揺したんです。ちょうど翌日、共同プロデューサーの大槻貴宏 さんに現地で学校を見てもらう予定があり、不安に思って相談したら「それが人と暮らすってことじゃないか」「流行ってそういうことでしょ」と言ってもらえました。その時、自分がいかに学校に迷惑がかからない「ちゃんとした」「きれいに見えるもの」を撮ろうとしていたかに気づかされました。現実の人間関係はそんなに整ったものではないし、むしろそうした予測できない出来事の中にこそ本質がある。
編集でも同じ葛藤がありました。一度、学校の特徴を説明的に整理した構成を見せたら「ステートメントのようだ」と大槻さんに指摘され、最初に自分が感じた「人間関係の手触り」を頼りに再編集したところ、結果として7割ほど素材を入れ替える大きな変更になりましたが、ようやく生徒一人ひとりの存在が立ち上がってきたと感じています。その分、説明が足りず、不親切に思えるかもしれませんが、意味を固定せず、観る人が自分の経験と照らし合わせながら受け取る余白を残したかったのです。
タイトルも散々悩みましたが、話すことは聴く人がいて初めて成立するという相互性こそが、この作品の核だと思い至り、あえてキリスト教固有の概念も踏まえた『聴く隣人のいるところ』に落ち着きました。

©ポレポレタイムス社
――「夕会」での独白や率直な議論のシーンが印象的です。
早川 愛真高校の「夕会」は礼拝の形式をとりつつも、実態は個人の語りの場だと思っています。神について語ることもあれば、聖書への反論やまったく一見関係ないように思える個人的な話も出てくる。それらが決して否定されないという意味で、とてもバランスの取れた場です。信仰を強制するのではなく、「話すこと」「聴くこと」が中心にある。その背景には、共同生活の中で他者への関心が自然と生まれていることや、音楽=賛美歌の存在も大きいと思います。
一方で、この環境は決して楽ではありません。ただでさえ少ない人数で、人間関係の密度が非常に高く、逃げ場もない。恋愛や進路、能力の差など、あらゆる要素で摩擦が起きますし、それを避けることができない。だからこそ「きつい」場所でもあります。ただ、そのしんどさを通してしか得られない経験があるのも事実です。僕にとっては、その人間関係の重さこそが最も強く残った記憶でした。
*全文は4月21日付の紙面で。
6月6日からポレポレ東中野ほか全国順次公開
はやかわ・ゆずる 1987年生まれ。愛真高校16期生。和光大学卒業後、東京ビジュアルアーツ映画学科に進学。テレビニュースの技術職を経て2018年3月から本橋成一氏が主宰するポレポレタイムス社に勤務。本橋成一監督の記録映像『人間の汚した土地だろう、どこへ行けというのか』(2020)の撮影・編集・配給、岡野晃子監督のドキュメンタリー映画『手でふれてみる世界』(2022)の編集・配給を務める。
■ 特集上映「40年目のチェルノブイリ」内
日 時:5月1日(金)午後5時10〜
会 場:ポレポレ東中野にて
予 約:3日前から映画館サイト(https://pole2.co.jp/)にて
【東京・名古屋・大阪で上映会&トークショー】
■ 東京会場 *満席
日 時:5月9日(土)午後6時半~9時半(6時開場)
会 場:space&cafe ポレポレ坐(東京都中野区東中野4-4-1 ポレポレ坐ビル1F)
登壇者:早川監督、松村朝雄(愛真高校6期生、同校理事、国際基督教大学教員)、出演者
■ 名古屋会場
日 時:5月16日(土)午後3時~6時(2時半開場)
会 場:日本基督教団名古屋教会(愛知県名古屋市中区丸の内3-4-5)
登壇者:早川監督、橋谷英徳(保護者、日本キリスト改革派関キリスト教会牧師)、出演者
■ 大阪会場
日 時:5月24日(日)午後2時~5時(1時半開場)
会 場:日本基督教団高槻日吉台教会(大阪府高槻市日吉台二番町3―16)
登壇者:早川監督、日阪真吾(愛真高校8期生、塾経営)、出演者
*各回とも参加費無料、応援チケットあり(会場費、出演者の交通費など試写会の開催費用として有効に活用させていただきます)。申し込みはPeatix(https://peatix.com/event/4954447)または下記の問い合わせ先まで。
共催:ポレポレタイムス社、キリスト新聞社/問い合わせ:shinkichi1109@gmail.com(松谷)














