【「親なきあと」をともに生きる~お寺と教会の〈語らい〉から始まる支援】 居場所は建物ではなく、人 堀内和彦 2026年4月11日

 私は小学生のころ、教室で手を挙げられない子どもでした。話したこともなかったので、通信簿には「頑張って教室で手を挙げて話せるようになりましょう」と書かれ続けていました。今思えば成績不振児で場面緘黙だったのだろうと思います。

 その後、紆余曲折があり中学、高校、短大から大学への編入学と歩んだのですが、大学時代にある勉強会で臨床心理士の方と出会いました。その方は牧師でもあり、生きづらさを抱えた若者のために自宅を開放していました。大学時代も友人が少なく学校に居場所のなかった自分にとって、勉強会と先生の自宅はまさに「自分の居場所」でした。

 私も妻もその先生を知っていたので、結婚式は先生にお願いしてキリスト教式で挙げました。ご自身の教会をお持ちではなかったので、牧師を受け入れてくださるチャペルのある披露宴会場を探しました。数カ月間、週末になると妻と会場を探したことが懐かしく思い出されます。

 「箱(建物)が居場所になるのではなく、人が居場所になる」と私は考えています。

 例えば高齢の方や障害のある方が施設に入ったとします。そこではある程度、法律や制度、政策に基づいて支援(サービス)が行われます。しかし、夢、希望、願い、思いなどは人それぞれ異なるので、画一的な支援だけでは本人の自己実現は進んでいきません。

 法律や制度、政策などはフォーマルな社会資源ですが、限界があります。介護保険や障害者支援区分などで受けられるサービスの量は決まっており、希望すればずっと受けられるというわけではないのです。

横浜支部で行われた「気づきの交差点」(2025年8月)

 これに対し、お寺と教会の親なきあと相談室はインフォーマルな社会資源です。国や地方自治体から紹介されたり行政発行の広報誌などに掲載されたりすることは、めったにありません。

 取り組みの一つが、全国の寺院で開催している「親あるあいだの語らいカフェ」です。宗教者、支援者、障害のある方、家族、地域住民、その他関心のある方ならどなたでも参加できます。喜怒哀楽を皆で共有できる地域の居場所なのです。

 私と妻は主に横浜支部の語らいカフェに参加しています。横浜支部では副題を「気づきの交差点」としており「みんなの気づきがあなたの気づきに、あなたの気づきが誰かの気づきに」というコンセプトで運営しています。

 昨今、精神科領域で注目されている考え方の一つに「オープンダイアローグ」があります。「開かれた対話」とも言われており、アドバイスや説得、議論はしないというグランドルールがあるのですが、気づきの交差点も同じような考え方で開催されています。

 今はスマートフォンを持っているだけで、知りたくない話題や聞きたくない情報まで手元に届く時代ですが、このような居場所に来る方の中には周囲からのアドバイスや説得、議論に疲れてしまい、「とまり木」のようなレスパイト(休息)を求める方も多くいらっしゃいます。

 私は福祉系大学で学んだときに「ゆらぎ」の大切さを知りました。今でもその考え方を大事に持ちながら、対人援助職をしています。

 語らいカフェはその「ゆらぎ」をとても大切にしています。「相談も話もしたくないけど参加していいの?」という方も、ぜひお越しください。新たな気づきが生まれたり、日ごろの生活の癒やしになったりして、少し先がワクワクする気持ちになるかもしれません。

 ほりうち・かずひこ 社会福祉士。福祉系大学卒業後、派遣添乗員、中学校の心の相談員、個別支援級介助員、通信制サポート校教務担当などを経て、2008年に若者支援のNPOに入職。現在は生きづらさを抱えた若者やその家族、支援者から多くの相談を受けている。保護司や法人後見にも従事。一般財団法人お寺と教会の親なきあと相談室アドバイザー。

*問い合わせは同相談室(https://otera-oyanaki.com/)まで。

【「親なきあと」をともに生きる~お寺と教会の〈語らい〉から始まる支援】 教会と寺院が、社会から必要とされる理由 三浦紀夫 2026年4月1日

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