【Web連載】見えないものの現場から(1) 見えないものが見える町 佐々木愛 2026年4月21日

天国はどこにありますかと聞かれたら、「大阪市西成区にあります」と答えるようにしている。
関西で神学を学ぶ私は、大阪市西成区の釜ヶ崎という町に関わるようになって3年ほどになる。日本最大の労働者の町として有名であり、今も現役の労働者たちが早朝から仕事を求めて足早に歩く姿がある。しかし同時に、高齢化や観光地化が進み、昼夜を問わず労働者ではない人々が行き交う町にもなっている。そんな釜ヶ崎で最も知られた歌が「釜ヶ崎人情」だ。この曲は労働者の視点での釜ヶ崎について歌われているが、その中で「ここは天国 ここは天国 釜ヶ崎」というフレーズが繰り返される。だから私は釜ヶ崎を説明するときはいつも、このフレーズを口ずさみながら「ほら、天国があるんです」と言うことから始めるようにしている。
天国、釜ヶ崎。しかし、実のところ釜ヶ崎という地名はどの地図を探しても載っていない。正式な地名としての釜ヶ崎は100年前に消えてしまったからである。今は愛称として残っているだけなのだ。しかし正式な地名ではなくとも、この町に生きる人々は今も「カマ」や「釜ヶ崎」という言葉を使い続けている。私もこの町に関わるようになって、釜ヶ崎と呼ぶようになった。今もこの町は釜ヶ崎なのである。目には見えないけれど、確かに存在するのだ。
私が所属する団体は1年半ほど前から、水曜日の夜に釜ヶ崎で野宿をしている人に声をかける夜まわりという活動をしている。この活動は、ある牧師が夜まわり活動を終えるタイミングでその活動を引き継いで始めたものだ。しかし、引き継いだといえば聞こえはいいものの、実際にはどのように活動をしていけばよいかあまり考えずに始めてしまったのが実際のところである。夜まわりを始めて間もない冬の頃、片付けを始めるタイミングで、ある参加者から毛布が必要そうな野宿の人がいると報告があった。毛布はないからどうしようかと思っていたその時、別の参加者が「今からドンキ(量販店のドン・キホーテ)に行って買ってきます」と言ってそのまま走り去っていった。あの時、私は毛布を持っていないことを口実に諦めようとした自分の不甲斐なさを痛感するとともに、躊躇なくドンキまで走る参加者の背中に、その参加者を突き動かす何かの存在を見たように思った。
今の時代、目に見えないものを信じることは難しいのかもしれない。何事にも成果や効果が求められて、数値を示さなければならない。ご飯だって何キロカロリーなどと数字で表示されている。そんな時代にあっても、はっきりしていることは目には見えないけれど、確かに存在するものがあるということである。そのことを、釜ヶ崎という町で私は教えられてきた。
「かんじんなことは、目に見えないんだよ」(サン=テグジュペリ、内藤濯訳『星の王子さま』岩波文庫)
釜ヶ崎だけではない。今日も私たちは、それぞれが目には見えないけれど大切なものに出会っている。大切なものは私たちのすぐ近くにもあるのかもしれない。

ささき・あい 大学卒業後に社会福祉士の資格を取得し、住まいを失った方の相談支援を行うNPOに勤務。その後、関西学院大学神学部に入学。現在は関西学院大学大学院神学研究科で学びながら、関西労働者伝道委員会専任者として釜ヶ崎で活動中。釜ヶ崎を通して考えたことを共有していきたいと願っている。
Fritz Eichenberg: Christ of the breadlines














