【「親なきあと」をともに生きる~お寺と教会の〈語らい〉から始まる支援】 社会福祉士僧侶が期待する「相談室」の役割 泰圓澄一法 2026年4月21日

 「父の遺骨を納める場所を探しています」

 ある日、そのような相談を受けました。キリスト教の教会で葬儀を終えたものの、納骨先が決まっていないというのです。

 寺の納骨堂を案内し、安置の際には牧師が訪れて祈りを捧げました。宗教は異なっても、亡き人を想う気持ちは変わりません。その後、遺族は毎月欠かさず参拝に訪れています。その姿は、宗教の違いを超えて人が支え合う関係の可能性を示しているように感じています。

 お寺と教会の親なきあと相談室長慶寺越前支部の活動は、このような個別の相談から始まりました。仕事としての関わりを離れても続いたご縁の中で、相続や生活の不安、障害に関する悩みなど、制度だけでは支えきれない問題に直面してきました。

 役場からの通知に戸惑う人。障害の診断を受けて将来に不安を抱える親。その一つひとつの相談に向き合う中で見えてきたのは、「相談できる場そのもの」が不足しているという現実です。

 多くの人は、解決策だけを求めているわけではありません。むしろ、責められることなく話を聞いてもらえる場、安心して弱さを出せる関係を求めています。情報や制度は整いつつありますが、「人として受け止められる経験」は決して代替できるものではありません。

 この点において、仏教寺院は葬儀や法事といった非日常の場にとどまりやすく、日常的な関わりを持ちにくいという課題があります。一方で教会の礼拝や継続的な集まりには、大きな力があると感じます。日常の中で人がつながり続ける仕組みがあることは、相談支援の土台になります。

 私は宗教者が担う「相談室」が必要とされていると感じています。それは制度の隙間を埋める補助的な機能ではなく、評価や役割から一度離れ、人がその人として受け止められる関係を回復する場です。宗教者は教義を語る存在であると同時に、意味づけを急がずに人の「語り」に伴走できる存在でもあります。その関わりは、専門職の支援とは異なる形で、人の安心を支える基盤となり得ます。

長慶寺で行われた「終活講座」のワークショップ。「相談室」として、さまざまな接点を持とうとしている(2025年10月25日)

 実際には、特別な設備や制度がなくても始めることは可能です。月に一度でも定期的に場を開くこと、名前を覚え、顔を合わせ続けること。その積み重ねが、「困った時に思い出せる場所」へと変わっていきます。相談とは、準備された窓口だけで起こるものではなく、関係の中から自然に立ち上がるものでもあります。

 親なきあとに不安を抱える家族は、確実に増えています。しかし、その声は表に出にくく、孤立しがちです。だからこそ、待つのではなく、こちらから関係の入口を開いていく必要があります。

 もし、誰かの話を聞くことができるなら。もし、自分の場を少しだけ開くことができるなら。それはすでに「相談室」の始まりです。

 宗教や立場の違いを超えて、人が安心して立ち戻れる場所をともにつくる。親なきあと相談室の取り組みを、各地で開いていきませんか。

 たいえんちょう・かずのり 社会福祉士。福井県社会福祉士会副会長。真宗出雲路派長慶寺(福井県越前市)前住職。お寺と教会の親なきあと相談室長慶寺越前支部。公認心理師、教誨師、保護司としても活動している。

*問い合わせは同相談室(https://otera-oyanaki.com/)まで。

【「親なきあと」をともに生きる~お寺と教会の〈語らい〉から始まる支援】 居場所は建物ではなく、人 堀内和彦 2026年4月11日

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