AI時代に「人間の声と顔」を守る 「世界広報の日」記念講演会 2026年6月8日

第二バチカン公会議の「広報メディアに関する教令」に由来するカトリック教会の記念日「世界広報の日」をめぐる講演会が6月6日、聖パウロ修道会若葉修道院(東京都新宿区)で開かれ、カトリック信徒を中心に約100人が参加した(サンパウロ、女子パウロ会主催、カトリック出版連絡会後援)。講師は聖パウロ修道会司祭の澤田豊成氏。教皇レオ14世による今年の「世界広報の日」メッセージ「人間の声と顔を守る」を手がかりに、AI時代のコミュニケーションと教会の責任について語った。
澤田氏は冒頭、出版、映画、ラジオ、テレビを福音宣教の手段としてきた聖パウロ修道会の歩みを振り返りつつ、現代ではスマートフォンやSNS、生成AIが、宣教や信仰生活のあり方そのものに深く入り込んでいると指摘。「教皇が公文書でAIについて語らなければならないという事態を、パウロ6世の時代に誰が想像できただろうか」と、激変する時代状況について述べた。
また、教皇メッセージが掲げる「人間の声と顔を守る」という主題について、単に音声や外見を保護するという意味以上に、人間の人格、内面性、固有性に関わる問題だと説明し、生成AIが人間の声や顔、文章、芸術表現を模倣する時代に問われているのは「機械に何ができるか」ではなく、「人間とは何者か」という根本問題だと指摘。「AIの究極的な課題は技術的な問題ではなく、人間の神秘そのもの、人とは何者なのか、人間はどこに向かっているのか、どのような社会を築くべきなのかに結びつくもの」と述べた。
AIがもたらす危険として、思考力の低下、アルゴリズムによる偏り、フェイクニュースやディープフェイク、他者との出会いを失わせる閉じた情報環境などを挙げた澤田氏は、使用者自身にも無意識の偏りがあるとして、「批判的精神を持ち合わせているということと、それをさまざまなケースに適用できるということはまったく違う」と注意を喚起した。
生成AIの利便性については一面的に否定せず、説教準備においても「情報収集という意味では非常に有益な手段」になり得ると認めた一方、「説教とは何か」と問いかけ、説教が単なる情報伝達であるならAIの利用も可能だが、「神の言葉を読み解きながら、教会共同体として救いへと向かって歩んでいくために、そこから何を汲み取り、分かち合っていくのかが説教であるなら限界がある」と述べた。
神学院で聖書科目を教える立場から、神学生にも同様の課題を伝えているという。「テストで合格点を取り、無事に司祭になることが目的であればAIを使うのもいいが、司祭として生涯生きていくことを目指すのであれば使い方を熟慮すべき」と語り、学びの過程で苦労して考える経験を失う危険性にも言及した。
教皇レオ14世はAIを人間に仕えるものとするため、「責任」「協力」「教育」の三つを掲げた。特に教育の目的についてメッセージでは、「個人の批判的思考力を高めること」「情報源の信頼性とわたしたちに届く情報の選択の背後にある可能な利害を評価すること」「心理的メカニズムの活動を理解すること」「家庭、共同体、団体がより健全で責任のあるコミュニケーション文化のための実践的な基準を作ることができるようにすること」を挙げ、そのために「あらゆるレベルの教育システムに、〈メディア〉リテラシー、情報リテラシー、AIリテラシーを導入することがますます緊急に必要」と指摘している。
澤田氏は特にこの「教育」の重要性に注目し、「直接AIを使わなくても、その恩恵を受けている以上、誰一人責任の外にいることはできない」と述べ、教会全体で学び続ける必要を訴えた。














