『ふつうの子ども』10歳に戻る映画体験 第50回日本カトリック映画賞授賞式で呉美保監督、主演の嶋田鉄太さんも登壇 2026年7月5日

 忘れていても、思い出したくなくても、誰もが一度は10歳を体験している――。第50回日本カトリック映画賞(シグニス・ジャパン=カトリックメディア協議会=主催)の授賞式・上映会が7月5日、暁星学園講堂(東京都千代田区)で開かれ、呉美保(お・みぽ)監督の映画『ふつうの子ども』が表彰された。会場には信徒ら約770人が来場。授賞式に続いて上映会が行われ、休憩を挟んで呉監督とシグニス・ジャパン顧問司祭の晴佐久昌英氏(カトリック市川教会主任司祭)による対談が行われた。

 賞状を受け取った呉監督は、同賞の存在について「知ってはいた」が、自作が選ばれるとは思ってもいなかったと率直に語った。「こんなに子どもが暴れ回っている映画が、教育にいいかどうかと言われると……。でも、それが人間だと思って撮影した」。だからこそ、「神聖な映画賞」に選ばれたことを嬉しく受け止めたという。

 受賞理由について晴佐久氏は、人は皆10歳を経験して大人になっており、その大人たちが作った世界を問い直す時、「一度10歳に戻る」必要性を思わせる作品だと評した。子どもは戦争を起こさず、地球温暖化にも、貧富の格差にも責任を負っていない。子どもの中に秘められた真実と力に目を向けることが、行き詰まった大人の世界を見直す手がかりになるのではないかと語った。

 また、子どもをありのままに撮ることは映画にとって永遠の理想でありながら、実現は難しいと指摘。ドキュメンタリーには編集する大人の視点が入り、劇映画は作り物めいてしまう危うさがある中、『ふつうの子ども』は子役による演技でありながら、ドキュメンタリー以上に子どもの真実を映し出した稀有な作品だと評価した。

 上映に先立ちあいさつしたシグニス・ジャパン顧問司教の酒井俊弘氏(大阪高松大司教区補佐司教)は、同賞が直接キリスト教とは関わりのない作品を表彰するかについて、教皇レオ14世が好きな映画として挙げた4本を紹介。『素晴らしき哉、人生!』『サウンド・オブ・ミュージック』『ライフ・イズ・ビューティフル』、そして最後の1本は、今回の受賞作とも響き合うタイトルの『普通の人々』だった。酒井氏は、映画には観客が自らの人生を見つめ直し、世界を新しい視点で見る助けとなる力があるとし、『ふつうの子ども』にもその価値が満ちていると述べた。

 対談では、タイトルの由来も明かされた。当初の企画名は、劇中でも頻出する「ハウ・デア・ユー」。環境活動家グレタ・トゥーンベリ氏の国連演説で知られる「How dare you!(よくもそんなことを!)」に由来する言葉で、海外映画祭では今もこの題名で紹介されている。一方、日本の観客には浸透しにくいとの判断から、プロデューサーの提案でロバート・レッドフォード監督の『普通の人々』を想起させる『ふつうの子ども』に落ち着いたという。

上映後に登壇した(左から)晴佐久神父、主演の嶋田さん、呉監督

 劇中で印象的な終盤の一室の場面について、呉監督は「子どもは未熟で当たり前。でも大人だって、どれだけ成熟しているのか」と問い、大人も子どもも未熟なままであることへの共感と安心を込めた場面だったと振り返った。

 出産・育児のため約8年間、撮影現場から離れていた呉監督は、実際に子どもを育てる中で、これまで見てきた「子ども映画」と目の前にいる子どもたちの姿との間にずれを感じるようになったという。不幸を強調しすぎるでもなく、過度に美化するでもなく、ありのままの子どもを描ける作品になるのではないか。そう感じたことが、本作に向き合う原動力になった。

 対談の終盤には、主人公・上田唯士を演じた嶋田鉄太さんも登壇し、会場を沸かせた。前作『ぼくが生きてる、ふたつの世界』のオーディションで呉監督と出会った際、台本通りにとどまらない自由な芝居で印象を残したこと、将来の夢を尋ねられて「芸人」と答えたことなどが紹介された。

 作品のキャッチコピーは「いつだって、世界は『好き』でまわってる」。呉監督は、好きなものを好きと言える力は子どもだけでなく、大人にとっても大切だと語った。神聖さよりも、失敗や未熟さを受け止めるまなざしへ。節目の第50回を迎えたカトリック映画賞は、自由奔放に駆け回る子どもたちの中に、大人たちがもう一度立ち返るべき希望を見出した。

©2025「ふつうの子ども」製作委員会

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