【現地レポート】 アジアのZ世代4000人が集結 「アライズ・アジア」が問いかける信仰と社会への使命 福島慎太郎 2026年8月7日

マニー・パッキャオ氏も登壇 未到達民族や貧困など世界の課題に向き合う次世代リーダー育成へ
フィリピン・マニラ首都圏パシッグ市で7月27日から31日、「アライズ・アジア2026」(Arise Asia 2026)が開催された。主催者の最終集計によると、アジアを中心に55カ国から4278人の若者や教会リーダーが集まった。会場となったメガチャーチ、クライスト・コミッション・フェローシップ(CCF)セントラルには、日本からも約70人が参加。各国の教会や宣教団体、神学校、学生宣教団体などから集まった参加者が、国境や教派を超えて交流した。
開会前から会場にはさまざまな言語が飛び交い、賛美が始まると4000人を超える参加者が一斉に立ち上がって声を合わせた。セッションの合間には、それぞれの教会や宣教の課題について語り合う姿があちこちで見られ、大会全体が、アジアの若い世代が共に福音宣教と社会的課題に向き合おうとする熱気と交わりに包まれていた。
ボーダーラインは「乗り越える」より「壊す」
一方で、国境を越えた交流は決して簡単なものではない。アジアには、歴史的背景や政治的状況によって、国家間に複雑な関係を抱える地域もある。実際、筆者が宿泊先へ向かうバスには、日本と歴史的・政治的な緊張関係にある国から来た青年たちも多く乗り合わせていた。しかし、そのような背景を超えて、人と人とが出会う瞬間があった。
筆者はこれまで、「文化こそが憎しみを乗り越える一つの力になる」と考えてきた。そのことを実感したのは、ある青年との何気ない会話からだった。
「ポケモンが好きなんだ」と話しかけてきた青年に対し、別の青年が「私はデジモンが好きだ」と応えた。国も文化的背景も異なる若者たちが、同じ世代の文化を通して自然に会話を始めていた。その瞬間、筆者が思いついたのは、それらのアニメソングを歌うことだった(それしか思いつかなかった)。思い切って歌い始めると、車内の空気は一変し、大きな拍手が湧き起こり、互いに抱き合う輪が生まれた。そこにあったのは、国家や歴史の違いではなく、同じものを楽しむ一人ひとりの青年たちの姿だった。
文化とは、単に互いを知るための手段ではない。共通の喜びや記憶を通して、「相手を敵ではなく、自分と同じ一人の人間として見る」ための入り口にもなる。そして、参加者たちが共有していたのは、文化だけではなかった。キリストにある信仰という共通の土台があった。十字架という同じ恵みに立つ時、国籍や民族、歴史的背景の違いを超えて、互いに手を取り合うことができるのではないだろうか。「平和をつくる者は幸いである」とのイエスの言葉は、単なる理想ではない。今回の大会は、その言葉を現実の人間関係の中でどのように生きるのかが問われる場でもあった。

For the Joy
アライズ・アジアは、若者をキリスト教宣教と異文化奉仕へ送り出すことを目指して2023年に始まった宣教運動である。ローザンヌ運動をはじめ、各国の福音派指導者や宣教団体が協力し、教団・教派の垣根を超えて次世代リーダーを育成するとともに、福音に触れる機会が乏しい民族・地域への宣教や、貧困、教育格差、社会的孤立などの課題に向き合う働きへ若者を送り出している。
今大会にも、ローザンヌ運動や世界福音同盟(WEA)に関わる各国のリーダーが講師やサポーターとして参加した。日本からは、日本福音同盟(JEA)総主事の神戸博央氏を含む5人がシニアサポーターを務め、大会を支えた。
大会のテーマは、ヘブル人への手紙12章2節に基づく「For the Joy(喜びのために)」。困難や苦難の中でも、キリストに従う喜びをもって人々に仕える生き方が繰り返し語られた。
約30億人に福音が届かない現実
大会で大きく取り上げられたテーマの一つが、「未到達民族」(Unreached People Groups)への宣教だった。これは、自らの言語や文化の中で福音に触れる機会が十分にない民族集団を指す。
開会集会でフィリピン福音教会協議会(PCEC)ナショナルディレクターのノエル・パントハ氏は、世界には約7000の未到達民族、約30億人が存在すると語り、特にアジアに集中する、福音へのアクセスが限られた人々へ目を向けるよう呼びかけた。そして「国籍や組織の違いを超え、キリストにある兄弟姉妹として共に担う必要がある」と述べ、若い世代が神の働き手として立ち上がることを励ました。
また、宣教師養成機関ラディウス・アジア(Radius Asia)ディレクターで、パプアニューギニアのビエム族への宣教経験を持つウェイン・チェン氏は、ヘブル人への手紙12章2節の「ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び」を引用。「福音が届いていない場所には、しばしば困難が存在する」「すべての容易な場所には、すでに福音が届いている」と語り、言語や文化、社会的な壁があるからこそ未到達民族が残されていると説明した。
その上で同氏は、宣教とは困難を避けることではなく、その先にある神の喜びを求める歩みであると強調した。自身のパプアニューギニアにおける長年の働きを振り返りながら、快適さや成功では得られない、キリストに従う中で与えられる喜びがあると語った。未到達民族への関わりは単なる犠牲ではなく、まだキリストを知らない人々に福音が届くという「より大きな喜び」への招きであることを参加者に示した。
「宣教」とは何を意味するのか
アライズ・アジア2026で語られた「宣教」は、単に海外へ赴き、キリスト教を広める活動だけではない。福音がまだ十分に届いていない場所へ向かい、そこで人々と共に生きながら、キリストの愛と福音を具体的に示す働きとして提示された。言葉によって福音を伝えることに加え、人々の尊厳の回復に寄り添い、苦しみや困難の中にある人々へ希望を届ける包括的な使命であることが強調された。
このような宣教理解は、福音派だけに限られない。世界教会協議会(WCC)も公式サイトで、宣教は教会の本質であり、その基本要素として福音の宣言とディアコニア(社会的責任)を挙げている。伝統や教派によって重点の置き方は異なるものの、言葉による宣教と社会的実践を切り離さないという点には接点がある。
アライズ・アジア2026で示された宣教理解は、福音を宣べ伝えることと、人々の痛みに寄り添い、尊厳の回復に関わることを一体の使命として捉えるものだった。

マニー・パッキャオ氏「人生は短い」
大会では、フィリピン出身の元プロボクシング世界王者で元上院議員のマニー・パッキャオ氏が登壇し、大きな注目を集めた。
同氏は、自身がかつて酒や賭博に溺れていた過去を振り返り、「イエス・キリストと出会い、人生が変えられた」と証しした上で、信仰は知識だけではなく、従順な歩みとして表されるべきだと語った。
また、「人生は朝もやのように短い」と聖書の言葉を引用しながら、「私たちは生涯で何人を神の国へ導くことができるだろうか」と参加者に問いかけ、「1年に2人でも5人でもよい。具体的な目標を持って福音を伝えてほしい」と若者たちを励ました。
信仰生活において最も大切なのは、聖書を読み、祈り続けることだと強調し、「知識が増えるだけでは高慢になりやすい。大切なのは、人をどのように愛し、仕え、謙遜に歩むかである」と語った。日々の生活の中でキリストの愛を証しするよう呼びかけ、最後は参加者のために祈りをささげて講演を締めくくった。
迫害と苦難の中で信仰を貫く
大会では、中東地域におけるキリスト者への迫害や、信仰を持つことに伴う困難についても取り上げられた。トルコで23年間教会開拓に携わり、約2年間収監された米国人牧師アンドリュー・ブランソン氏は、苦難の中で信仰が試される意味について証しした。
同氏は、収監中、自分が期待した形では神の臨在を感じられない時期があったことを振り返った。しかし、その沈黙の中でも神への信頼を手放さず、「たとえ神が沈黙しているように感じても、なお神を愛し続ける」という決断へ導かれた経験を語り、迫害や苦難を避けることではなく、その中でキリストに従い続けることこそ信仰の本質であると参加者に伝えた。
大会の複数のセッションでは、中東・北アフリカ(MENA)地域など、福音へのアクセスが限られた地域で人々が抱える社会的課題にも目が向けられた。紛争や貧困、避難を余儀なくされること、教育機会の不足など、複雑な状況の中で生きる人々に対し、宣教とは単に言葉で福音を伝えるだけでなく、一人ひとりの尊厳を回復し、希望を届ける働きであることが強調された。
筆者自身、その現実を痛感する出来事があった。帰国後、期間中に知り合った中東の参加者から連絡が届いた。「また会おう」といった挨拶かと思ってメッセージを開くと、「今、私たちの国にミサイルが撃ち込まれた。どうか私たちの国と命のために祈ってほしい」と記されていた。
ひと口にキリスト者と言っても、礼拝形式も文化的背景も千差万別である。その中には、社会情勢や地域的特性から明日の安全さえ見通せない中で、今日も聖書と信仰を握りしめている人たちが大勢いる。私たちは彼らのために何ができるだろうか。
女性の権利をめぐるセッションでは、地域によって教育や社会参加の機会が制限され、性的被害を訴えることさえ困難な状況に置かれている女性たちの存在も報告された。宗教や慣習、法制度が複雑に絡み合う中で、尊厳と安全が脅かされている実情が共有された。
中東をはじめとする困難な地域への宣教は、決して容易な道ではない。しかし、大会で繰り返し示されたのは、困難がある場所から新たな宣教の担い手が起こされているという希望だった。
信仰を社会へとつなぐ次世代リーダー
閉会集会では、多くの若者が前に進み出て長期宣教への献身を表明した。主催者によると、341人が長期異文化宣教への献身を決意し、76人が1年間の宣教インターンシップに登録した。また、今後もアジア各地域で若者同士のネットワークを継続し、宣教協力を進めていく方針が共有された。
大会終了後、クリスチャン・デイリー・インターナショナル(CDI)の取材に応じたアライズ・アジア共同創設者でエグゼクティブディレクターのデービッド・ロ氏は、紛争や貧困、迫害を経験する地域の若者たちが、同じように困難を抱える未到達民族へ遣わされる新しい世代の宣教師になっていくとの見方を示した。困難な環境で育った経験そのものが、困難な場所へ向かう備えになり得ると強調した。
ロ氏によると、献身を表明した若者の多くは、紛争や貧困、宗教的緊張を抱える地域の出身者だった。アジアが宣教の「受け手」から「送り手」へと重心を移しつつある流れは、近代以降の世界宣教の構図に変化をもたらす可能性がある。
アライズ・アジア2026は、教団・教派の垣根を越え、福音宣教と社会への奉仕を一体の使命として担う次世代を励まし、アジアから世界の未到達民族へと送り出す運動の広がりを印象づけた。
(報告・福島慎太郎=名古屋緑福音教会ユースパスター)
【参加者コメント】
一場茉莉子(サンタバーバラ・ベタニヤ会衆派教会日本語部牧師/アライズ・ジャパン共同コーディネーター)
世界人口の約6割が暮らすアジアで、神は今、新しい宣教の歴史を進めておられます。紛争や貧困、迫害など、今なお多くの課題を抱えつつも、アジアは、今や世界へ宣教師を送り出す新たな原動力へと成長しています。そして急速に変化する社会の中で、情報があふれ、価値観が多様化する今、若者たちは真に人生を懸ける価値のある生き方を探しています。
一度きりの人生を、キリストの招きに応えて生きる。ここに真の喜びの人生があると信じ、私たちは若者たちを招きます。日本から参加して下さった70名近い方々がこのメッセージを受け取って下さったことが何よりもの喜びです。
この働きを通して、主が今も生きて働いておられることを目撃した若者たちが、ある者は遣わされていき、ある者は日本の教会に帰り、教会を内側から燃やし、励まし、支える力となることを祈ります。
塚本博希(神戸改革派神学校・神学生)
私は、日本人として日本に遣わされた宣教師なのだ――そう感じた。痛感したのは、日本と他のアジア諸国の「表現」に関する明確な違いである。喜びを表現すること、出会いを喜ぶこと、友となること。それらは日本において圧倒的に足りていないのではないだろうか。私は彼らから学んだ「姿」を携え、日本で異質な「文化」を持つ者として立っていようと思う。それが日本宣教の鍵になると、私は思う。喜び続けるのだ。子どものように。彼らのように。
柴田主悦(トーチ・トリニティ神学大学院・神学生)
あなたは何を「喜び」として生きているのか――そう問われ続けた5日間だった。計り知れない苦難を経験し、耐え忍びながら、主を信じ、宣教に生きることこそ「喜び」なのだと語る世界中の兄弟姉妹たち。「主を喜ぶことはあなたがたの力です」(ネヘミヤ記8章10節、口語訳)。大会中に何度も歌われた賛美の歌詞であり、私の名前の由来でもある聖句です。私もこの喜びに生きていきたいと、改めて神様から促されました。














