【特別寄稿】 「奉仕」という名の強要と欺瞞 私があるキリスト教学校の職場を去った理由 洪 伊杓 2024年4月11日

 「日本人の感覚が分かっていない。日本人としての感覚で助言する」「日本語をもっと学びなさい」「確認する態度が悪い。姿勢が間違っている」「山梨では通じない。山梨が分かっていない」……以上は4年前にあるキリスト教学校に着任した際、キリスト者の職員から実際に言われた言葉だ。韓国のメソジスト教会から派遣された宣教師の私にとって、繰り返し行われる人格の否定はたいへん克服し難い課題であった。

 繰り返される人格否定の末、私は「辞職願」を提出した。忙しい業務の途中に突然呼び出され、キリスト者である経営トップたちに「奉仕」という美名のもと、非常勤職員に無償労働を強いる文書への「押印」が求められた。私は協議が不十分であると考え押印を保留したが、院長は押印しないのは「抵抗です! 反抗です! 宗教主任のあり方として問題があり、審議に関わります」と再任を引き合いに出し、押印を強要する脅迫を繰り返した。

 面談の最後には、前述の職員が再び「抵抗です! 反抗です! 組織で働くのはここが初めてでしょう。そういうものなんですよ、組織というのは」「先生はピュアなんでしょうね」と嘲弄するように語りかける。すると、横にいる理事長は「幼いですね、幼いです。押さないなんて」と重ねてくる。人格否定が平気で行われ、幼児や未成年者のように扱われ、侮辱された私は、この教育機関でこれ以上教育活動に従事することは不可能であると判断した。

 職員が語った「組織」というのは一体どのような組織を指すのか。命令に従わないと逮捕され、牢獄に入れられる軍隊組織なのか。営利会社組織の運営原理なのか。教育機関としてどのような組織理解があるのか。私は2年数カ月、実際に陸軍に入隊した経験があるが、そこでも感じたことのない屈辱だった。

◆ハラスメントを黙認する空気

 「押印」という踏み絵を踏んでしまう恥辱感と挫折感の中で何よりも感じたのは、「奉仕」という言葉が変質され、汚されたということだ。私はこれ以上この言葉を学生たちに語る自信がなくなった。多くの学生が加入するボランティアサークルの顧問としても失格であるという自責の念が、あらゆる勤務に対する意欲を喪失させた。社会の不条理や理不尽に正面から向き合う姿勢こそ、「プロテスタント」キリスト教の最も重要な精神であると講義で語ってきた私は、学院上層部に問題提起や意見表明をしただけで「抵抗・反抗」をする罪人となってしまった。

 この学院の起源は、130年以上前、学ぶことを諦めざるを得なかった女性たちに新しい価値観を与えるため、カナダの女性宣教師たちが建てた学校だが、残念ながら私は男尊女卑観念に基づいた女性差別の空気を4年間実感せざるを得なかった。東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の会長だった森喜朗元首相による、「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」などの差別発言からも分かるように、退行する日本社会の古く重たい空気は、日本のキリスト教学校にも深く浸透し、蔓延しているのではないか。

 4年間、言語による人種、民族差別、年齢による世代差別、地域差別など、あらゆるハラスメントが繰り返されても、それを黙認する、あるいは自覚すらしない空気が支配的な職場に私は限界を感じ、辞職の決断をするに至った。誠実な教職員、学生たちにはたいへん申し訳ない気持ちであるが、他に取る方法がない状況にまで追い込まれた。

◆「奉仕」濫用の弊害

 キリスト教会で頻繁に使われる「奉仕」という言葉は、神と個人との関係において自発的に行われる諸活動である。神が人に与えた「自由意志」(free will)による選択の領域である。それはキリスト教学校やキリスト教医療・福祉機関などの職場における業務とは別の問題だ。しかしキリスト教学校などでは、この言葉が上司への服従や忠誠の強要といったハラスメントを隠す飾り物のように使われやすい。「奉仕」と「仕事」を明確に区分し、不当な扱いが発生しないように管理することは、キリスト教学校や機関すべてが注意しなければならない共通の課題である。息を潜めながら「奉仕」という名の仕事を強要されている労働者がいるキリスト教学校の死角地帯こそ、この紙面で私も参加しているコラム連載のタイトル「世界の片隅から――キリスト教のリアル」ではないか。

*全文は4月11日付本紙に掲載。電子版(PDF)は以下のnoteでも購読可能。

https://note.com/macchan1109/n/na03f5e1202fd

 ほん・いぴょ 1976年韓国江原道生まれ。延世大学大学院修了(神学博士)、京都大学大学院修了(文学博士)。基督教大韓監理会(KMC)牧師。2009年宣教師として渡日し、日本基督教団丹後宮津教会主任牧師などを歴任。本紙連載「世界の片隅から――キリスト教のリアル」執筆者の一人。

Image by elizabethaferry from Pixabay

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