【宗教リテラシー向上委員会】 戦時下の希望 山森みか 2025年6月21日

2023年10月7日に始まったハマスとイスラエルの間の戦争は、その着地点が見えないまま600日を超えた。この戦争によって民族間の対立がますます激化したことは否定できないが、それでもイスラエル国内では、民族を超えた共存のためのプロジェクトが市民たちの手で持続的に運営されている。今回はその一つである「Bees for Peace(ビーズ・フォー・ピース:養蜂を通じた平和)」について紹介したい。
この活動を率いるヨッシー・ウッド氏は、私がイスラエルに住み始めた1986年以来の知人である。知り合った当時、氏は私の夫も勤務していたエイン・ゲディ自然保護区のバイオロジストであった。後に病を得て回復した時、たまたま自宅の庭を訪れたミツバチに触発され、養蜂を通じた平和活動を2012年から開始した。
このプロジェクトでは、まずイスラエルに住むユダヤ人、イスラム教徒アラブ人、キリスト教徒アラブ人、ドゥルーズ教徒など、民族や宗教を異にする人々、その中でもとりわけ女性と子どもたちを対象にして、養蜂のワークショップが開かれる。養蜂のやり方を学んだ参加者たちは、自宅に巣箱を設置してミツバチと生活を共にする。巣箱の設置場所は、庭や屋上だけでなく、集合住宅のベランダでも可能である。巣箱を設置した後も、立場を超えた参加者たちがミーティングを重ねて互いに進捗状況を報告しつつ親交を深め、やがては蜂蜜を採取して試食、瓶詰にして製品化する。

プロジェクトの重要性を説くヨッシー・ウッド氏(左、筆者宅)
なぜ養蜂が平和を促進するのか。参加者たちの話を聞くと、最初はミツバチに刺されるのが怖かったという。また「そんなことをして何になるのか」という家族の反対も強かったらしい。だが次第に、こちらから攻撃しなければミツバチは理由なく襲ってこないこと(もちろん偶発的「事故」は起こり得るのでアレルギーには重々注意しなければならない)、ミツバチはミツバチなりの合理的な行動原理に基づいて独立した社会を営んでいることが分かってくると、ミツバチと共に生きることがまずは自分の喜びになるらしい。イスラム社会に暮らすある女性は、絶え間なく動き回る働きバチに、1日中労働に追われる自分の姿を重ねていた。別の女性は、蜂蜜作りを通した女性の社会参加に大きな意味を見出していた。そして立場を異にする人々が共に実践し、話し合うテーマとして、政治や宗教とは無関係な「養蜂」は、真にふさわしいものだったという。
開戦後、参加者たちはこのプロジェクトの存続を危ぶんだ。またガザ近郊の危険な場所に設置されていた巣箱の安否も気遣われた。しかし徐々に、この困難な状況の中で、人間の思惑が絡む政治とは関係なく、独自のシステムに基づいたミツバチのたくましい生命の営みを身近に見ることが、実は自分たちの希望となるという共通認識が生まれたらしい。そして養蜂という行為を通じて、異なる背景をもつ人々と交流を続けることの重要性も改めて感得されたのだという。
ミツバチは、自分たちとは異なる価値観で、異なるシステムの下で生きているものの象徴なのかもしれない。先が見えない暗い時代において、声高に政治的スローガンを叫ぶのではなく、穏やかに話ができる人々の間で、このようなプロジェクトが継続されていることに希望を見出したい。
山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。