【映画短評】 陰謀論の渦ができるまで 『#拡散』 2026年2月25日

介護施設で働く浅岡は寡黙な青年。趣味はソロキャンプ。妻の明希は逆に社交的で、自ら出演する動画配信の企画に日々余念がない。そんな明希に振り回されがちな浅岡の日常は、しかしワクチンを接種した翌日に彼女が急死したことで激変する。浅岡の孤独な抗議活動はまたたく間に拡散され、彼を「反ワクチンの象徴」に祭り上げていく。その拡散はデマも事実も巻き込み、制御不能なまま、思わぬ方向へ進んでいく。
2025年全米公開の『エディントンへようこそ』然り、『ブゴニア』然り、陰謀論をテーマにした映画が増えている。コロナ禍の影響が小さくないだろう。それまで専ら揶揄の対象だった陰謀論が、しかしコロナ禍中にワクチンやマスクの是非をめぐって存在感を増したのは記憶に新しい。当時アメリカを中心に広がりつつあったポピュリズムの波も、それを後押ししたように思われる。
しかし『ブゴニア』と同じく本作『#拡散』も、陰謀論の真偽より、そこに巻き込まれていく人々の心理に焦点を当てる。浅岡は実のところ、本心からワクチンを危険視しているわけではない。「反ワクチンの象徴」というのは、彼を利用したい人々が勝手に付けたレッテルにすぎない。ではその人々は真摯にワクチンに向き合っているかというと、それも違う。記者の福島は記事の話題性にしか興味がなく、ユーチューバーの北斗は動画の再生数にしか興味がない。ワクチンは彼らにとって媒介でしかない。浅岡に賛同し、彼を持ち上げる無数の視聴者も然り。正義という分かりやすい大義名分を得て、真偽不明であるにもかかわらず、高野医師を叩いているにすぎない。

つまり陰謀論の問題は陰謀の内容そのものでなく、利害が一致した人々がその内容を強化し、民衆を扇動し、資本主義を巻き込んで、巨大な渦を社会に巻き起こすことなのだ。その渦の中身は空疎だけれど、現実に破壊力を持っている。そして渦の起点として浅岡が利用されたように、今日、私たちの誰がいつその起点となってもおかしくない。その点で私たちは、かつてない種類の危険な時代に生きていると言える。
(ライター 河島文成)
2026年2月27日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。
配給: 株式会社ブシロードムーブ
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