【「親なきあと」をともに生きる~お寺と教会の〈語らい〉から始まる支援】 「知る」ことが選択を生む 話せる場所がそばにある大切さ 弓削遵子 2026年6月11日

わが子に障がいがあると分かってから、療育のこと、学校のこと、将来のこと……と、親は多くの不安を抱えながら日々を過ごしています。そして子どもが成人を迎えるころ、「後見を付けるかどうか」という選択を迫られる場面が出てきます。
子どもが18歳になるまで、親は法律上さまざまな場面で子どもに代わって動くことができます。しかし成人すると、その関わり方は大きく変わります。そのため成年後見制度の話が出てくるのですが、制度について十分に知る機会がないまま突然選択を迫られるご家族も、少なくありません。
しかし、「後見を付けるかどうか」は慎重に考えるべきです。本人の状況によっては後見以外の方法で対応できる場合もあり、付けることで生じる制約もあります。「付けるのが当たり前」ではないのです。けれども何も知らなければそれが唯一の選択肢だと思ってしまいかねません。
障がいのある方とその家族を支援する中で感じるのは、「知らないこと」そのものが大きな不安につながっているということです。親なきあとのこと、グループホームのこと、財産管理や成年後見のこと――。必要に迫られてから慌てて調べるのではなく、日常の中で少しずつ知り、考えていけることが大切なのだと思います。
また、障がいのある子を持つ親の孤独は、とても深いものがあります。「とにかく誰かに話を聞いてほしい」「つらさや不安を言葉にしたい」と感じていても、制度の相談窓口だけでは受け止めきれない思いがあります。支援者と利用者という関係ではなく、一人の人間として安心して語れる場所――そういう場所が、必要なのではないでしょうか。

お寺と教会の親なきあと相談室妙行寺鹿児島市支部の「親あるあいだの語らいカフェ」で話題提供をする筆者(2024年5月24日)
だからこそ、私はお寺や教会に大きな可能性を感じています。生老病死に寄り添い続けてきた場所には、制度だけでは支えきれない心に触れる力があると思います。そして福祉や医療の相談機関とはまた違う、「安心して語れる空気」が、そこにはあるように感じます。
お寺や教会が「親なきあと相談室」や「親あるあいだの語らいカフェ」のような形で、気軽に立ち寄って相談し、学び、語り合える場になっていく――。そのことには、大きな意味があると思います。制度を説明するだけでなく、「一人で抱え込まなくていい」と感じられる場になること。それが親の不安をほぐし、未来への一歩につながっていくのではないでしょうか。
知らないまま大切な選択をしてしまう人を、一人でも減らしたい。「知る」ことは、安心への第一歩です。地域の中で、お寺や教会がその入り口となっていくことを、心から期待しています。
ゆげ・じゅんこ 重度障がいがある長女を含む3人の母。社会保険労務士・行政書士事務所「ココカラビズプレイス」の代表を務めるかたわら、「一般社団法人とこしえ鹿児島」代表理事として、障がいのある方とその家族の「親なきあと」に備える相談・支援活動を行っている。
*問い合わせは同相談室(https://otera-oyanaki.com/)まで。
【「親なきあと」をともに生きる~お寺と教会の〈語らい〉から始まる支援】 きっかけは相談にしっかりお応えできない絶望 福間玄猷 2026年6月1日














