「イエスに捕まって引き戻された」 四谷「牧師バー」に立つ2人の〝女性〟 2026年8月6日

東京都新宿区四谷三丁目の「坊主バー」と同じ建物の3階で、毎週火曜日に「牧師バー」が開かれている。カウンターに立つのは、トランスジェンダーであることを公言するステリーナさゆりさんと、音楽活動を共にするミルさん。酒や会話を楽しむだけでなく、賛美歌を歌い、祈りをささげ、聖書のメッセージを聞くこともできる。
開店は今年5月。ミルさんが、以前からファンだった「坊主バンド」を自身のライブハウスに招こうと坊主バーを訪ねたところ、逆に3階でバーを担当できる牧師を紹介してほしいと頼まれた。「スカウトしに行ったつもりが、こっちがスカウトされてしまった」と笑う。ライブハウスが休みとなる火曜日、ミルさんが店を切り盛りし、さゆりさんが礼拝を担う形で営業が始まった。
2人が目指すのは、教会や寺院に足を運ぶことをためらう人でも、気軽に宗教者と話せる場所だ。教会で受け入れてもらえないのではないかと不安を抱き、「さゆりさんなら話せる」と訪ねてきた性的少数者もいたという。「宗教に関係なく、どんな人にも幸せになってほしい。ここに来て楽しかった、癒やされたと思ってもらいたい」とミルさんは話す。
さゆりさんは幼いころから自分を女の子だと認識し、幼稚園や小学校には女児の服装で通った。だが中学校の入学式で教師に髪を切られ、「男として生きなくてはいけない」と腹をくくり、その後長く男性として生活してきた。
信仰と出会ったのは16歳の時。高校を中退し、大阪・アメリカ村を歩いていたところ、自らを「宣教師」と名乗るミュージシャンから声を掛けられた。その人物は教会に所属せず、当時は洗礼も受けていなかったが、マクドナルドで毎日のように聖書を教えた。

最初に示されたのは、「私は道であり、真理であり、命である」というイエスの言葉だった。「当時、心酔していた尾崎豊も言わなかった言葉。すっごい好きになって、『一生ついていく』と思った」
勧められるまま神学校に入り、19歳で卒業。所属教会を持たずに送り出され、牧師としての働き口を得られなかったため、歌舞伎町で音楽活動を始めた。30歳ごろからブライダル牧師として結婚式を担当し、その後、六本木ステリーナ教会の牧師を務めた。
転機となったのが、2018年に起きた知人女性とのトラブルだった。ストーカー規制法違反容疑で逮捕され、約2週間後に釈放された。報道を機に、それまで交流のあった教会関係者の多くと疎遠になった。職業としての牧師を退き、「伝道からも離れたい」と考えた。
勾留中から男であり続けることに限界を覚え、女性として生きることを選ぶと、教会関係者とのつながりはさらに途絶えた。一方、音楽や飲食業を通じて築いた友人たちは変わらず気にかけてくれた。
牧師職からは離れたものの、信仰を捨てたわけではない。16歳で聖書に出会って以来、変わらないイエスへの思いを「恋」と表現する。
エンターテインメントの世界で生きようとしたさゆりさんを、再び伝道へと引き戻したのがミルさんだった。2人は2020年ごろ、音楽イベントを通じて出会い、ロックユニット「ステリーナガールズ」を結成。さゆりさんは元牧師という経歴を前面に出すつもりはなかったが、ミルさんは歌の後に説教を組み込むなど、「牧師」の一面を舞台に残した。
「ミルちゃんが、私をまた伝道に戻すために送り込まれたみたい。イエス様に捕まって引き戻されている」

カウンターで接客するさゆりさん(左)とミルさん(右)
牧師バーでは宗教色を薄めず、昔ながらの賛美歌を歌い、主の祈りを唱和し、聖書を開く。キリスト教を知らない客にも礼拝そのものを体験してもらうため、あえて「コテコテの礼拝」を意識している。
ミルさんは、牧師として培った傾聴、水商売で身に付けた接客、ミュージシャンとしての表現力が、この場所ではすべて生かされていると見る。「さゆりが一番輝いているのはここ。牧師のスキルも、水商売のホスピタリティーも、音楽も、全部が生きている。天職だと思う」
過去が消えたわけではない。それでも、牧師から逃れようとしたさゆりさんは、教会堂ではなく、坊主バーの一つ上の階で再び賛美歌を歌う。「ここまで来たら、もう逃げられない」
ミルさんが願うのは、この場所が「必要な人」に届くことだ。「キリスト教について知りたい人でも、教会が堅苦しいと感じる人でも、ただ楽しく飲みたい人でもいい。いろいろな人が来られる店にしたい」
さゆりさん、ミルさんによる「牧師バー」は毎週火曜夜7時開店(閉店は11時ごろ)。土曜日は中村透さんによる「牧師バー」も営業中。
*東京都新宿区荒木町6-42AGビル3階/Tel 03-3353-1032

手前が当店オリジナルカクテル「天の御国」。左奥が「坊主バー」店主の善念さん














