『海角七号 君想う、国境の南』 魏徳聖監督インタビュー 2010年1月23日

 2008年に台湾で公開された映画『海角七号 君想う、国境の南』。台湾では『タイタニック』に次ぐ歴代2位の大ヒットを記録し、同国では社会現象にまでなった映画だ。昨年9月に来日した魏徳聖(ウェイ・ダーション)監督は、生まれたときからキリスト者。本作撮影開始2カ月で資金が足りなくなったという。苦労人の監督に話を聞いた。

映画を借りて台湾の生命力を見せられたら
 60年前の悲恋と現代の恋が一通のラブレターを介してつながっていく。1940年代の台湾は日本統治下。若い日本人教師が台湾人の教え子と恋に落ちる。しかし、敗戦によって教師は帰国することに。敗戦後、台湾から引き揚げた民間人は約32万2千人。引き揚げ船の中で書き綴った手紙が、今は存在しない住所・海角七号宛ての小包として、郵便配達のアルバイトをする青年によって見つけられる。
 日本の統治下の台湾、と聞くと重苦しい空気が流れてきそうだが、日台を結ぶストーリーは非常に軽妙で淡い。魏監督は「台湾は歴史が残したねじれた糸」だと話す。
「歴史は繰り返すもの。そこから目をそらすこともできないし、教訓を得ることが必要。台湾の人々は、多様な歴史や文化の中で、何が愛情で、うらみで、悔恨なのか区別がつかなくなってしまった。歴史的に抑圧されてきた結果、矛盾が色々と残った。国と国との問題に直面した時、いかに和解を求めていくのかが大事だと思うし、台湾人の心の中にある矛盾も解かしたかった」
 台湾と日本の対比はもとより、先住民族の文化性も豊かに描く。
 「台湾が難しいのは、国民のアイデンティティ、台湾を語るということはどういうことか、それは未だに曖昧な面がある。多文化多元文化が共存するところであって、それが台湾の独自性でもある。もちろん、地理や歴史で背負っているものは色々あるが、それがユニークな面でもある。映画を借りて、台湾の生命力を見せられたらいいなと思った」
 物語の行方を握るのは60年前のラブレター。手紙だからこそ訴えかけられる感性がある。「手紙を通じた関係性はロマンチック。まず、それぞれの筆跡が違うし、書いているときの匂いや雰囲気も違う」。脚本も書いた魏監督は、色々な古い恋文を参考にする中で、特に感動を覚えるラブレターがあったと明かす。
 「中国内の話だが、夫のほうは遠方へ赴き、妻はふるさとに残された。妻が手紙をしたためたのだが、現代のように蛍光灯が無い中で、ランプの光に照らしながら書いた。その手紙にはランプの油が垂れたりしていて、匂いや油の跡が残っている。妻は文章の中で、『あなたは私と同じ匂いをこの手紙の中で味わっている。だから、あなたもこの匂いをかいでみて』と。とてもロマンチックだと思った」


 生まれた時からプロテスタント信者。キリスト者であるというアイデンティティが監督として道を切り開いていくことの原動力にもなった。教義や文化から受けた影響は大きく、作中のワンシーンは教会内の出来事として生々しく描いたつもり、と笑う。
「教会には居眠りする人も真面目に説教に耳を傾ける人も色々いる。キリスト教はユーモアのわかる宗教だと思うし、それをわかりやすいように取り入れた」
 日本人と台湾人の関係性を60年間というスケールで描き出す。60年後の台湾社会で生きる若者たちは、夢に破れ、哀しみを背負って日々を懸命に生きる。それは現代の日本人が抱える怒りの矛先が見当たらない鬱屈感にも似ている。台湾映画として歴代ナンバーワンの大ヒットとなった背景には、登場人物が多いということと、それぞれの個性が鮮明でわかりやすい点にある、と魏監督は分析する。
 「おそらく、観客は登場人物に何かしら投影できる部分があるのだと思う。例えば、自分が叶わない夢とか何かをし始めようとする勇気を、登場人物から掴み取ろう、という気持ちにさせるのではないか。ある統計によれば、90%の台湾人は自分の生活に満足していない、という。登場人物は、自分の人生に失敗した、挫折感を持っている人の集まり。その組み合わせは観客に共鳴しやすいのだろう」
 人生の成功物語は、映画の中だけの話、と片付けてしまいがち。本作が長編映画デビュー作となった魏監督は、今は亡きエドワード・ヤン監督の運転手からキャリアをスタートさせた。撮影開始から2カ月の段階で、資金に底がついたときも、「彼ならどうするだろう」と考えていたそうだ。「人間は築き上げた地位を評価するとき、例えば若い人が成功した時、それが当たり前になっているので、別に大切にする必要も感じないし、頑固になりやすい。それが、不遇な環境にいる人や失敗の連続から成功した人だと、そのありがたみを痛感する。10代の有名な役者であると、自分のことはたいてい大事にしないことが多い。それが、30歳になって初めて得た成功であったりすると、周りの人間に対する態度も違うし、やっと手に入れた名声ということで、大切にする傾向があると思う」
 終始穏やかに話す魏監督は現在、霧社事件(1930年、台湾中部の山地にある霧社で、先住民による日本時代後期の最大規模の抗日蜂起事件)を題材に扱った新作の準備中だ。 
「自分は芸術品を作っているという意識よりも、心にしまっている物語を伝えたいと思っている。例えば、子どもは授業の後に、家に全力ダッシュで汗だくで帰って、お母さんお母さん、今日学校でこんなことがあったよ、と一生懸命伝える、そういう心情で仕事している」

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