2・11「信教の自由を守る日」横浜地区集会 明学の戦責告白もとに討議 2011年2月19日

 「信教の自由を守る日」として全国各地で集会が行われた2月11日、神奈川では「思想・信教の自由を守る日横浜地区集会」(事務局・日基教団六角橋教会)が横浜市の日基教団神奈川教会で開催された。

 経済学者で元明治学院学院長の中山弘正氏が「『思想信教の自由』の現在――明治学院での経験から」と題して講演。日基教団神奈川教区横浜地区の牧師・信徒ら64人が参加し、同集会では初となる「集会アピール」を採択した。

 六角橋教会の菊地恵美香牧師は、「この会は、参加した人が、それぞれ自ら何かを感じ、考え、持ち帰ってくれることを願って準備されています。ただ話を聞いて終わるのではなく、参加者同士の話し合いの場を大切にし、そこで語り合う中から、何かが生まれてくる。そのような場を作っていくことを目指しています」と集会の趣旨を説明。

 講演では、中山氏が「明治学院の戦争責任・戦後責任の告白」を紹介。これは、1994~97年度の明治学院学院長を務めた同氏が、敗戦から50年目にあたる95年に発表したもの。同年、学院内外向け文書の日付を原則として西暦にすることを確認し、「今後、どのような事情が生じようとも『建学の精神』を純粋に貫くため、そしてすぐる戦争への反省にたって本学院は『日の丸』の掲揚、『君が代』の斉唱を行うことをしない」ことを理事会として決議したことにも触れた。

 「『日の丸・君が代』には日本の神道体制が組み込まれている。そのことを特にキリスト者は、偶像崇拝にならないよう考えていかなければならないのではないか」と訴えた中山氏。「告白」の中で言及されているように、「明治学院の理事者、明治学院の『建学の精神』を保持する主体としての理事会の中の一人である田上穣治氏が、公権力の『英霊』参拝を積極的に推奨してきた」ことに危機感を抱いたことが、「告白」と決議を行う動機の一つになったという。「(戦争の問題が)単に過去のことではないという意識が非常に強かった」と当時の状況をふり返った。

 「告白」から15年が経過し、風化を危惧する声もある中、若い人に継承しようとする動きが明治学院の中に起こっていることに触れ、「われわれは負の遺産を持っている。われわれだけでなく、後の世代まで負債を負い続けなければならない。それが日本の状況だ」と語った。

 また、天皇制の問題にも言及し、「戦前の2・11であれば、『教育勅語』が読み上げられ、『日の丸』が掲げられるのはもちろんのこと、『君が代』が歌われ、『御真影』に深々と頭を下げる状況だった」と述べ、その状況を「『天皇教』と捉えるべきではないか」と主張した。

日基教団の現状憂う声も出る

 講演を受けて、参加者が8グループに分かれて意見交換を行った。日本の右傾化を危惧する声、若者の政治離れに対する働きかけを求める意見などが出され、「『日の丸・君が代』にしてもいろいろな考え方があるのは認めざるを得ない。一つの考え方を無理やり強制するのはよくない。それは成熟していない証拠ではないか」といった主張や、「『天皇教』の実質とは、『同化していく力』ではないか」との指摘がなされた。

 また、キリスト者としてのあり方を問うものとして、「日本の社会の中ではキリスト者は少数であり、『信教の自由』という観点からすると、日常生活の中で圧迫を感じている」「教会で社会委員会を作っても、『教会と何の関係があるのか』と言われ、孤立してしまう」という意見もあった。

 さらに、日基教団の現状に触れて、「今の教団は戦前の国家と似ている歩みをしているのではないか」「戦時下の教団成立を、国家の統制によるものと認識しないで、神の導きによってできたとする考え方が今でもあるが、そこを根本的に問わない限り、教団が新しくなっていくことはできないのではないか」などの意見も出された。

 同集会は2006年に始められ、今年が6回目。70年代半ばに開催されていた「ヤスクニ問題を考える――2・11横浜キリスト者集会」(日基教団神奈川教区ヤスクニ小委員会横浜地区集会準備会主催)が、現在同日に行われている「『建国記念の日』に反対する2・11神奈川県民の集い」へと発展したが、参加人数が多く、参加者同士が話し合う機会がないことから、横浜地区の教会に集う人たちが「信教の自由を守る日」について学びつつ共に考える場がほしいと、菊地牧師ら8人の有志が集まった。同集会実行委員会が作られ、08年からは日基教団神奈川教区横浜地区委員会が後援している。

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