「号泣する神」の理解が必要 遠藤周作没後15年で森一弘氏が講座 2011年6月11日

 キリスト教を主題とする数多くの作品を遺した作家・遠藤周作が逝去して15年。これを記念する展覧会を開催中の神奈川近代文学館(横浜市中区)で5月14日、森一弘氏(カトリック東京大司教区名誉司教)を講師に「遠藤周作の、西欧世界との遭遇、キリスト教との遭遇」と題する記念講座が行われた。

 遠藤氏とのかかわりは80年代、月刊誌の企画で森氏が答える体裁をとった「身の上相談」だった。「今だから言える」と前置きし、この仕掛け人は遠藤氏であったこと、そして寄せられる相談も一般読者からではなく、遠藤氏が作っていたことを明かした。

 「持ち込まれた質問は、同性愛とか、十字軍とか、教会のことばかり。根底には、あなたはどう答えるのか。俺の納得がいくように答えてみろ、という思いが潜んでいた」

 遠藤氏が日本人初の留学生として渡仏した1950年日本はまだ占領下にある時代。現代とは比べられないほどのギャップがあった。作家として遠藤氏が選んだテーマは、「キリスト教が日本人の背丈に合うものかどうか」だったという。ヨーロッパを「石の文化」、日本を「木の文化」と見立て、キリスト教にこだわり続けた。

 「日本人の魂の息遣いに応えられるようなキリスト教の形成にチャレンジしよう」と決断し、執筆活動に入ったが、遠藤氏の問題意識を本質的に理解できる人はいなかった。その象徴的な出来事が、『沈黙』(新潮社)を発表した1966年のこと。九州の司教たちからは、「読んではいけない本」とされた。

 森氏は、遠藤氏の神理解、引き出そうとしたキリストの姿がどういうものであったのかを説き、没後15年を経てもなお、その作品が多くの人々を魅了するのは、「日常的にある残酷さ、そこで生きる人間の辛さ、そこに寄り添う人間の優しさ、さらに孤独といったものに、読者は共感するのではないか」と語った。

 「遠藤さんの神は、神自身が号泣して、この先はどうなるかはわからないけれども、一緒になって泣いておまえの側にいるよ、と言っている。この神理解は今の世界に必要だと思う」

 さらに、今回の企画展が、「21世紀の生命のために」と名付けられていることから、日本の戦後文化は「死を予想していない」と提起。それは、右肩上がりの経済発展を注視する文化であり、「その背後に人間を破壊する死の可能性とどう向き合うかという視点がない」と批判した。

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