従軍チャプレンと軍人の信仰 石川明人 2011年8月6日

戦闘の主体との関係問われる
 8月6日。原爆投下のため、テニアン基地から飛び立つB29エノラ・ゲイの乗組員を前に、牧師でもあるウィリアム・ダウニー大尉は、彼らの任務遂行のために礼拝を行い、祈りをささげていた。このような軍隊専属の聖職者である「従軍チャプレン」は日本のキリスト者にはあまり馴染みがない存在かもしれない。しかし、その歴史は古い。軍事組織に生きる聖職者の役割から、軍人にとっての信仰を考えてみたい。宗教学、軍事文化論を専門とする石川明人氏(北海道大学文学部助教)が論じる。

 毎年8月になるたびに、われわれはアジア太平洋戦争のことを思い出す。そして平和への思いを新たにする。ここでは、これまで言及されることの少なかった「従軍チャプレン」という存在から、軍人・軍隊と信仰の問題について考えてみたい。

 従軍チャプレンとは、一言でいえば、軍隊に専属の聖職者である。従軍牧師・従軍司祭とも訳されるが、国によっては必ずしもキリスト教の牧師や司祭だけではないので、従軍チャプレンという言葉の方がよいだろう。

 第二次大戦をとおして、アメリカ軍は合計約1万2千名ものチャプレンを従軍させた。国内外の基地や洋上の艦船のなかで任務に就く者もいれば、空挺部隊とともにパラシュートで敵地に降下して兵士に同行する者もいた。ノルマンディ上陸作戦に加わって、銃弾が頭をかすめ至近距離で砲弾が炸裂するその場で、倒れた兵士のために最期の祈りをしてやることもあった。

 現在でも基地や士官学校などはもちろん、巨大な空母のなかにも礼拝堂が設置されている。彼らは大尉や少佐などの階級をもつ軍の士官であり、他の将兵とまったく同じ軍服を着ている。迷彩服を着た聖職者が、銃を肩にかけた兵士らと共に礼拝をしている様子は、多くの日本人の目には奇異な印象を与えるかもしれない。

 だが人類史において、戦士と聖職者の密接な関係は古代にまで遡るものである。アメリカにおいても、17世紀初頭のジェームズタウン建設のころから、聖職者は民兵たちによる戦闘や訓練に付き添っていた。

 常備軍の一部として正式にチャプレン制度が誕生したのは1775年であり、兵科としてのチャプレン科は、歩兵科の次につくられた2番目に古い兵科なのである。初期の頃はチャプレンも武器を持って戦うことが珍しくなかったが、19世紀末からは明確に「非戦闘員」と規定され、現在ではチャプレンによる武器の携帯・使用は禁じられている。

 こうした従軍チャプレンという存在は、軍の側によれば、合衆国憲法修正第1条のいわゆる宗教的実践の自由を、軍隊内においても保障するためにおかれていることになっている。彼らは宗教上のさまざまなニーズにこたえるのはもちろんだが、同時に、担当する部隊の兵士の士気を維持する役割や、兵士たちの道徳面についても監督者的な役割を担う。すなわち宗教・士気・道徳という三つの領域を総合的にカバーすることが求められている。

 具体的には主に日々の礼拝、洗礼、葬儀、結婚式などの儀式、各種記念行事、そして将兵一人ひとりへのカウンセリングなどが重要な仕事となる。だがさらには、所属する部隊の軍事行動が現地の宗教文化に与えうるさまざまな影響を事前に予測し、指揮官に報告やアドバイスを行うことも任務のひとつとされている。またケアの対象には軍人の家族も含まれ、長期間戦地へ行って離ればなれになっている将兵の家族らに対する宗教面や精神面でのサポートも、チャプレンが担当することになっている。18世紀や19世紀の陸軍チャプレンは、兵士たちに識字教育をしたり、地理・歴史・倫理などの教師もつとめた。さらに兵士たちの郵便物や現金の管理をすることもあったという。

 現在のアメリカ軍には、キリスト教のみならず、ユダヤ教、イスラム教、仏教のチャプレンもいる。人種、性別も実にさまざまで、それはアメリカ軍の構成員そのものの多様性を反映しているともいえる。一般の聖職者が軍の訓練課程をへて従軍チャプレンになる例もあれば、歩兵として軍に入隊し、レンジャー部隊の教官にまでなった後に、突如「啓示」を受けてチャプレンに転身したという者もいる。ちなみに1940年代におけるアメリカ軍チャプレンの死亡率は、歩兵と航空機パイロットに次ぐ3番目に高かったともいわれている。

“良きキリスト者”いてこそ
 さて8月6日は、アメリカが世界で初めて大量破壊兵器である原子爆弾を使用した日である。これによって多くの日本の一般市民が虐殺されたが、1945年のその日、原爆を搭載したB29エノラ・ゲイが基地を離陸するその直前に、従軍チャプレンがその乗組員を前にして簡単な礼拝を行ったことは、日本ではなぜかあまり知られていないようである。

 当時テニアン基地で任務についていたチャプレンの一人に、ウィリアム・ダウニー大尉がいる。彼が原爆を投下しに出撃する兵士らのためにおこなった祈りの全文を紹介しよう。

 「全能の父なる神よ、あなたを愛する者の祈りをお聞きくださる神よ、わたしたちはあなたが、天の高さも恐れずに敵との戦いを続ける者たちとともにいてくださるように祈ります。彼らが命じられた飛行任務を行うとき、彼らをお守りくださるように祈ります。彼らも、わたしたちと同じく、あなたのお力を知りますように。そしてあなたのお力を身にまとい、彼らが戦争を早く終わらせることができますように。戦争の終りが早くきますように、そしてもう一度地に平和が訪れますように、あなたに祈ります。あなたのご加護によって、今夜飛行する兵士たちが無事にわたしたちのところへ帰ってきますように。わたしたちはあなたを信じ、今もまたこれから先も永遠にあなたのご加護を受けていることを知って前へ進みます。イエス・キリストの御名によって、アーメン」

 エノラ・ゲイの乗組員たちは、この祈りの通り、任務を遂行したあと無事に基地へ帰還した。この祈りは神に「とどいた」のだ。だがここには、殺される側の人々への言葉はない。われわれは、こうした信仰の姿をどう考えればいいのだろうか。いくらこうしたチャプレンが、自分たちはあくまで平和主義者であり、多くの敵を殺すことを祈るのではなく兵士の安全を祈るだけだ、と主張しても、それを立場が異なる人々に納得させることは困難であろう。

 しかし同時に、兵士たちの直面する現実を考えるならば、戦場にチャプレンがいることを一概に否定することも難しい。戦争が始まるまでは、普通の学生であったり夫や父親であったりした者たちが、短い訓練のあとに「兵士」にされ、生まれて初めて戦場に送り込まれる。職業軍人たちも、やはりそれぞれに愛する家族をもつ人間に過ぎない。仲間が銃で撃たれ、爆弾に手足を吹き飛ばされ、心身ともに過酷な生活を強いられる戦場では、普段は信仰深くない者も「神」について考えずにはいられないだろう。

 そもそも戦争をするかどうかを決めるのは軍人ではない。政治家でありまた国民全体である。軍隊に聖職者がいることがおかしいからといって、軍から聖職者を追い出せば戦争がなくなるわけでもない。そこには孤独な兵士が残されるだけである。

 現在の日本の宗教文化や憲法20条、89条などを鑑みれば、自衛隊にアメリカ軍式のチャプレン制度を導入することはあまり現実的ではない。だが今年の東日本大震災では約10万名の自衛官が被災地に派遣されたことなどを考えると、やはり時にはチャプレンが必要とされる場面もあるのではないかとも思われる。

 確かに軍事組織は戦闘の主体となるものである以上、聖職者との関係には倫理的な問題もある。原爆投下とチャプレンの祈りの話のように、彼らの活動は、破壊や殺人の黙認または正当化とも紙一重である。

 しかしまた、福音書の百人隊長や使徒言行録のコルネリウスの話などのように、軍人の信仰も決して安易に批判されてはならないであろう。札幌バンドのW・S・クラーク、熊本バンドのL・L・ジェーンズ、そしてイエズス会のイグナティウス・デ・ロヨラなどは、いずれも元軍人であった。

 私事になるが、筆者の祖父も、陸軍将校であり同時によきキリスト教徒であった。戦争が「悪」であることは自明である。だからなおさら、いま現に存在している軍隊や自衛隊など、困難な任務を引き受ける人々の中にこそ、よきキリスト教徒がいなければならないとも言えよう。

いしかわ・あきと 1974年東京生まれ。北海道大学文学部助教(宗教学・軍事文化論)

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