映画「おじいさんと草原の小学校」 ジャスティン・チャドウィック監督に聞く、英国植民地問題を描くことの難しさ 2011年8月6日

「ペン持つことは最大のパワー」

――一人の老人の話とか教育の重要さといった視座で終わらせない深いメッセージが込められている。ロサンゼルスタイムズの記事からキマニ・マルゲの人生を知り、そこから映画化へ動き出したが、複雑なケニアの歴史を描写していく上で、最も困難だったことは?

 西洋人からの一方的な視点で描かないようにすること、そしてリアリティを大事にすることにも気を配った。そのためには、現地で、素直な心で人々の話を聞く必要があった。マルゲは監禁されていた8年間、英国人に毎日拷問を受けていた。実際に、50年代に起こったことを、そのまま彷彿させるような村が残っている地域もまだ存在する。マルゲと彼の妻、家族が縁を切らされるシーンの撮影中は、村の住民たちがそれを見て泣いていた。 

 当時の辛く哀しい思い出がよみがえってしまった人もいたが、彼らはこの映画が作られ、真実が語られることを誰よりも願っていた。独立後の最初の大統領が60年代に、ケニアで起こったことはすべて忘れて新しい国を作ろう、という考えだったので、ケニア人の若い撮影クルーも我々のようにほとんど事実を知らないまま育てられていた。

 この映画は、英国とケニア間の多くの問題を抱えた植民地時代の歴史を扱っている。でも自分たちで調査し、話を聞くうちにそれは私たちが学校で習った内容とは違うことに気がついた。これまで学んだ歴史がいかに一方的な見解だったかということを思い知らされた。

 本作は、マルゲの目線で歴史上の真実を伝えている。マルゲはマウマウ族の戦士で、自分の土地を守るために誓約をたて、そのために戦った。英国人は、マルゲや彼らの仲間が実際に関与した紛争にさまざまな恥じるべき悲惨な歴史を残している。マルゲ本人が語ってくれた生々しいシーンを再現し、撮影することは辛い作業だったが、それを撮影しないという選択は私の中ではありえなかった。

――監督は実際に、ホスピスで最期の日々を送るキマニ・マルゲ本人に会ったと聞く。彼の生き様や強靭な精神から、どのようなところを最も表現しようとしたのか?

 製作前にマルゲ本人と一緒に過ごす機会があった。核となるテーマはすべて彼との会話から生まれたもの。彼は教育にとても情熱的な人で、「貧困から人々を救うのは教育だ」「ペンを持つことは最大のパワーである」といった素晴らしい言葉を残した。彼は教育を受けることができなかった期間が長かったので、文章を読み、理解することを純粋に何よりも望んでいたのだと思う。

――84歳の老人が子どものなかへ入り授業を受ける光景はそれだけでも特異だが。

 撮影を行った実際の学校には、年齢もさまざまないろいろな生徒がいる。たとえば、障害をもつアグネスという少女が登場するが、彼女に対しても周囲は誰も特別視せずに仲間のひとりとして受け入れている。本人も障害のことを忘れるくらいに。マルゲ役のオリヴァーに対しても同様だった。

 アフリカの拡大家族は西洋ではネガティブに考える傾向があるが、実際に目の当たりにするとすごいと思う。祖父母から孫まで各世代が皆で世話をしあう。家族のネットワークがちゃんとできている。撮影中でも、オリヴァーがセットに入ると自然と敬って、大丈夫かと気を配る。感動的だ。学ぶべきことが、ここにはたくさんある。

――撮影場所には、映画製作に慣れている南アフリカを候補地としていた。しかし、監督のこだわりによってケニアで敢行することになったが。

 撮影クルーや製作者たちは、みなリアリティあるものを作ろうと気持ちをひとつにしていたので、大きな障害はなかった。ケニアに人やセット、食べ物、小道具など撮影に必要なものを外から持ち込まないということも決めたので、海外から参加するクルーは8人のみ。ほかはすべて現地の人を雇った。学校の生徒を一人残らず起用し、実際の生徒のキャラクターを映画の登場人物として取り入れた。現地の子どもたちは、カメラもテレビも撮影機材も見たことがなく、みな生き生きとした元気で利発な子ばかりだった。子どもたちの勉強することへの情熱と愛を目の当たりにして、心から感激した。

――監督は、かつて自分の国が植民地としていたケニアを舞台にする物語を描くことに、贖罪意識を感じたことはあるか?

 この作品はマルゲの目線で歴史上の真実を伝えている。イギリス国内では、ここで描かれている話が事実ではないと主張してくる人も現れた。また、ハリウッドがでっち上げた話だ、と言い出した人もいる。しかし、偶然にも映画で描かれたような事実が本当にあったと証明する記録が同じ時期に発見された。たとえ自分たちにとって辛い事実であっても、私たちはこのことを心に刻まなくてはならないと思った。

――西欧諸国の植民地政策を振り返ると、キリスト教がそこに便乗する形で行った功罪もある。それは、アフリカだけではなく、南米に対しても言えること。こういう史実に対して思うことは?

 宗教という名のもとに悲惨な事件は世界中で起こっている。イギリスの植民地政策はさまざまな悲劇をいろいろな国で起こした。カトリック信徒であったマルゲ自身、とてもスピリチュアルな信仰者だ。マルゲが読む能力を身に着けたいと思った理由の一つとして、宣教師の言葉を鵜呑みにするのではなく、自分自身の読解力をつけて聖書を読み、自分で理解することがしたかったからだ。

(本紙・竹下香澄)

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