宗教者九条の和 内藤新吾氏特別講演会 「いのち守り危険遠ざける者に」 2012年3月3日

 平和を希求する宗教者が宗派・教派を越えて集う「宗教者九条の和」(事務局・日本山妙法寺内)は2月18日、内藤新吾氏(日本福音ルーテル稔台教会牧師、「原子力行政を問い直す宗教者の会」事務局)を講師に迎え、「環境と平和を脅かす原子力――国は改憲も視野に入れている」と題する特別講演会を梅窓院・祖師堂(東京都港区)で開催した。ピアニストの崔善愛氏による「演奏と語り」も行われ、約200人が参加した。日本カトリック正義と平和協議会、日本キリスト教協議会(NCC)などが協賛した。

 1991年に牧師になった内藤氏は、赴任先の名古屋で日雇い労働者の支援活動をする中で、被曝労働の実態を知り、原子力問題に関わり始めた。その後、静岡の教会に赴任したことから、浜岡原発の危険性を指摘してきた。

 共同代表を務める「地震で原発だいじょうぶ?会」では、原発の是非を問うことはせず、原発の推進派、反対派それぞれの学者を呼んだ公開の討論会やシンポジウムを開催することを中部電力をはじめ、市、県、国に求めている。

 「人間は自然の前に謙遜にならないといけない。どんな津波にも耐えられる巨大科学技術はないと思う」と述べた内藤氏は、地震大国であるにもかかわらず原発を推進しようとする電力会社と国の政策を批判。青森県の六ヶ所再処理工場についても問題視し、イギリスの事例を挙げて、放出される放射能による環境汚染は避けられないと論じた。

 さらに、福井県の高速増殖炉「もんじゅ」の危険性を指摘し、そこで製造される高純度のプルトニウムが、核兵器に利用されることを懸念。核兵器の所持と販売を防いでいるのは憲法9条だとし、反原発運動と憲法9条を守る運動とが共闘すべきことを訴えた。

 また、「原子力行政を問い直す宗教者の会」の活動にも言及。内部被曝の危険性を訴え、福島の子どもや妊産婦を避難させることを提言している同会。施設を疎開先として開放し、短期間の受け入れを行っていることを紹介した。

 最後に、「原発なしでも電気は足りる」と述べ、火力と水力で電力が賄えること、ガスの複合発電が効率的であること、自然エネルギーの中では地熱発電が安定していることなどを解説。「環境、平和、人権のすべてを脅かす原発はいらない。宗教者は、いのちを守り、危険を遠ざける者であってほしい」と結んだ。

「環境と平和を脅かす原子力」

 小野文珖氏(日蓮宗僧侶)との対話では、宗教者が原発問題に取り組むにあたっての具体的な行動、注意すべき点、覚悟すべき点が問われた。内藤氏は、「政治家任せになる体質が、特にキリスト教会ではどの教派も強いと思う」と述べた上で、「心配する人たちと一緒にいることが大事なことではないか」と主張。「原子力行政を問い直す宗教者の会」を例に、意見を表明する牧師が少ないことを挙げ、「意見を表明できるような信徒さんたちが応援してあげてほしい」と呼びかけ、意見が分かれる問題であってもタブーを作らず勉強会を持つよう提案した。

 「原発問題の本質はいのちの問題。この1点について全宗教者は反原発で一致するはずなのに、各宗教団体はなぜ態度を鮮明にできないのか」との会場からの問いかけに対して小野氏は、各宗教団体が発表する声明が、対社会的に影響力を持っていないことが残念だと述べ、「宗教団体が今まで怠慢だったことを反省しなくてはいけない」と答えた。内藤氏は、「宗教を超えて連帯することは国にとっても脅威。できるだけいろいろな教派と、この問題については協力関係を持ってほしい。当り前のことを言うだけで随分力になる。宗教関係の人たちが黙っていたら何も良くならない。ここで協力していくことは本当に必要」と応答した。

 メシアンの「交わり」など5曲を演奏した崔氏は、「わたしたちの戦いは今始まったばかり。人間が「死ぬ」ということの前に立った時、最も人は宗教者を求めると思う。わたしたちは半ば瀕死状態にありながら生活している。今こそ、いのちとは何よりも優先されるべきものだということを、宗教者として声を上げていくことをあらためて強く思う」と語った。

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