東日本大震災国際進学シンポジウム 米フラー神学校と救援連絡会などが共催 これからの100年見据え 2012年4月14日

 東日本大震災国際神学シンポジウム「いかにしてもう一度立ち上がるか――これからの100年を見据えて」が3月23日、女子聖学院(東京都北区)で開催された。

 シンポジウムは、日本の教会のために協力したいとのフラー神学校(米カリフォルニア州)からの申し出により、被災地と諸教会、日本のキリスト教界の100年後を見据えることを目的として、東日本大震災救援キリスト者連絡会(中台孝雄会長)、聖学院大学総合研究所(大木英夫所長)、東京基督教大学(倉沢正則学長)がフラー神学校と共催した。

 倉沢氏の総合司会のもと、藤原淳賀(聖学院大学総合研究所教授)、ホァン・マルティネス(フラー神学校教授)、山口陽一(東京基督神学校校長)、グレン・スタッセン(フラー神学校教授)、大木英夫の各氏が講演。ディスカッションの時間も設けられ、約250人の参加者がグループに分かれて互いに意見を交わした。

 「神の時を捉える――神のわざへの参与」と題して講演した藤原氏は、大震災を日本と神の民にとっての「時」(カイロス)と捉え、「(神は)その贖いの苦難の働きに参与するように招いておられる」と主張。教派・教団の壁を越えた、互いの顔が見える関係作りと実際の協力を進めるべきだと訴えた。

 「大災害時におけるキリスト教的応答――教会史から学ぶ」と題して講演したマルティネス氏は、ローマ陥落(410年)、ロンドン大火(1666年)、ハイチ地震(2010年)の三つの大災害を取り上げ、それぞれがキリスト者に与えた影響を概観。共通する傾向として、キリスト者による被災者・避難者への迅速な援助が行われたこと、大災害を神の裁きや罰と解釈する傾向があったこと、「神はどこにいるのか」との問いを生み出したこと、神学の再考を促しパラダイム転換をもたらしたことなどを指摘。

 キリスト者の課題の一つは、神がこの世界でどのように働いているかを神学し、理解しようとすることだとし、大災害が起こる時にこの課題を避けることはできないと主張。「皆さんは今、熟考のただ中に置かれている」と述べ、3月11日が日本社会にとってパラダイム転換の兆しを示し始める時、それは日本のキリスト者が自分たちの役割を再考し、神が日本社会においてどのように働き続けているのかを見るための神によって用いられる手段になると語った。

 山口氏は、「日本キリスト教史における東北」と題して、キリシタン史における東北、明治以降の東北、戦後日本における東北について考察。今後100年を見据え、震災を契機として原発への過信を脱し、自然エネルギーへの転換が図られるならば、3月11日は世界史に残る日になると提言。原発避難者や原発労働者を「犠牲」としてはいけないと述べ、東北の教会との連帯を強調した。

「原発事故の苦しみの中へ」

 スタッセン氏=写真左上=は、「同情する苦しみ、また不正義との対決としての十字架」と題して、マルコ福音書から十字架上のイエスの苦しみについて考察。同書で「中に入る」という言葉が多用されていることを指摘し、イエスが同情をもって癒しと赦しを必要とする人々の生の中に入ることのしるしと捉えた。

 その上で、十字架とは、神がキリストにおいて人間の中に入り、対峙して悔い改めるように呼びかけ、人間の裏切りと否認とを愛の中に包含することだと強調。マルコ福音書と、イエスがその上で苦しんで死んだ十字架とは、福島原発事故の災害に苦しむ人々の苦しみの中に入るように呼びかける招きであり、さまざまなキリスト者が同情と敬意をもって他のキリスト者の中に入り、共に一つの共同体となるように呼びかける招きであると論じた。

 「神に迫られた改革――日本を神学する」と題して講演した大木氏は、画家ハンス・ホルバインの作品『墓に横たわるキリスト』を見た時の印象を、「(バルトの垂直次元の神学とは異なる)水平次元の神学の啓示・開示を受けたような思いがした」と語り、この「土曜日のキリスト」が未来への垂直方向へ横たわり、救済に不可欠な「古い人から新しい人へ」の転回・前進を促し導くと指摘。「現代の『火の柱・雲の柱』となりかねない、世界史の中を貫く心柱・救済史ではないか」と述べた。

 倉沢氏はシンポジウムを総括し、「これからわたしたちは、教派や教団という壁を乗り越えていく。具体的に一体それは何を意味しているのか。それが継続されるためにはどうあればいいのか。これからできることは何なのかをさらに深めていかなければならない」とコメントした。

 講演に先立って、森谷正志氏(仙台バプテスト神学校校長)が、「限りなく狭間のない『支援と宣教』」と題して被災地からの報告を行った。同氏は、「支援か宣教か」という中で新たな震災神学を構築するのではなく、真の意味での「聖書神学」を確立することが必要だと主張。「聖書の枠組みに戻って教会を再認識し、建て上げてこそ宣教は進むだろう」と述べ、「日本の教会が支援活動においてのみ教派を超えるのではなく、神学においても超えるべき」と訴えた。

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