人間の圧倒的な哀しさから「信仰」へ 映画『まだ、人間』 2012年6月9日

 東京大学出身の新鋭監督による劇場デビュー作として注目を浴びる映画『まだ、人間』は、混沌とする社会の中で、迷い、漂い、苦しみもがく3人の若者の実像に迫り、人間の矛盾や、拭いがたい原罪を描き出した異色作。長崎でカトリック信徒の家庭に生まれ、自身も洗礼を受けた松本准平監督(27)=写真=に、本作への思いを聞いた。

 「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」(ルカ福音書 23・34=口語訳)
 嘲笑う民衆たちの中で、十字架上のイエスが言った一言。僕の心にその言葉があまりに重く響いていました。

 2011年3月11日。その日を境にして、いろいろなことが変わりました。わたしたちは、世の終わりかと錯覚するような大地震と大津波、それに次ぐ原発事故に見舞われ、これまでとこれからの〈自分〉を見直さざるを得なくなったのです。

 その数カ月前、僕の劇場デビュー作となる映画『まだ、人間』は企画から撮影までの工程を終えていました。震災前も、映画に向きあう際、繰り返し反芻していた言葉。それが冒頭のイエスの台詞でした。その声が、目の前を津波の映像に飲み込まれたあの日も、そして公開中の今もずっと脳裏にこびりついています。

     ◆

 『まだ、人間』は、1人の人間の死をきっかけに、3人の男女が出会うところからスタートします。金に憑かれたエリート。愛する婚約者を殺された女。そしてキリストを信仰する同性愛の青年。彼ら3人の愛憎とサスペンスが展開し、やがて人間の存在へ迫る。晴佐久昌英神父、奥田知志牧師にもご覧いただき、僕としてはとても神学的な映画なのではないか、と思っています。

 彼ら3人の人物造形で徹底的に注意したことがあります。通常のドラマツルギーを超えてでも、挑戦したこと――それは、彼らが矛盾を抱え、「~すべき」と思ったことをできない、すなわち自分をコントロールできない不確かな人物だということです。彼らは自分が幸福なのか不幸なのかも、そしてもし幸福でないとしたら、どうしたら幸福になれるのかも、わからないでいるのです。ただ、いま不条理に目の前に与えられた状況に振り回され、そしてわたしたち自身が予期せず行ってしまう罪に振り回され、自分と世界に嘆き、絶望し、漂ってしまっているのです。

©2011『まだ、人間』フェイルムパートナーズ

 あのイエスの祈りは、愛する人を愛せず、逆に傷つけ、目の前の状況に嘆いて、必死で目を瞑り、そのうえ目を瞑っていることすら忘れようとする僕自身のための祈りでした。鬱状態となって会社を休職し、どうにか自分の力で自分を救おうとして手をつけたこの映画。『まだ、人間』を作りながら、僕は自分の罪という迷宮にさまよい続けていたのです。

 パスカルは「自分を知り、神を知らなければ絶望する。神を知り、自分を知らなければ傲慢になる」と言いました。わたしたちは何もわからず、その何もわからないことすらもわからないでいます。

 それでも、わたしたちは〈永遠〉を知りたい。ところが目に見えない神をわからず、金に憑かれる劇中の男のように、数々の目に見える自分の神を作り出していく。そしてまた、自分の罪深さを知らず、いつのまにか多くを裁いてしまう(本作に同性愛者が出ているだけで、批判をやめないクリスチャンもいました)。

 この映画に映し出されるのは、そうした人間という存在の圧倒的な哀しさです。
 しかし、そうした人間への理性的な判断=絶望の向こうにあったのは、魂から沸き上がろうとする信仰でした。

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 先日、金環日食が日本列島にやってきました。寝ぼけ眼で日食を眺めながら思い出したのは、大洪水の後、ノアに訪れた虹でした。

 悲惨な大地震がもしかして神の業なのであれば、美しい太陽の姿も神の業に違いない。あの奇跡のような瞬間を生み出したのは、人間ではない。わたしたちの全能性ではなく、そしてわたしたちの贖罪の結果でもない。

 神が、宇宙がもたらした、恵みの一瞬なのです。僕はあの一瞬、確かに永遠を感じました。「神がわたしたちの人生に介入してくださっている」。そう思いました。人生は美しい。そして人間も美しい。そう信じることができました。

 本作においては、監督である僕の信仰が、理性を打ち破り、奇跡を信じようとする一瞬まで向かおうとします。

 今なお、すぐにあらゆる希望を当然のように忘れ去ろうとする僕。しかし、やがて僕はまた思い出すでしょう。神への信仰と希望と、愛を。『まだ、人間』のスクリーンに生き続ける3人は、僕と同様、今も旅をしています。神が介入している新しい契約の中で人生を歩んでいるのです。その終わりに、「アーメン」と呟く、その日に向かって。

(ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開中 http://www.madaningen.com/)

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