【映画評】『夏の祈り』 「祈りの長崎」を生き抜く証言者たちの勇姿 2012年8月12日

 同じ原爆によって甚大な被害を受けたナガサキが、「怒りの広島」との対比で、「祈りの長崎」と呼ばれることには理由がある。本作でたびたび登場する浦上天主堂での祈りや、合間に挿入される聖歌「み母マリア」を聞きながら、改めてその意味を反芻する。

 長崎純心聖母会が運営する被爆高齢者のための特別養護老人ホーム「恵の丘長崎原爆ホーム」は、森の奥深くにひっそりと建つ。今年6月時点で入居している350人のうち、ほとんどが車椅子での生活を余儀なくされており、映画に登場する被爆者のうち、41人がすでに亡くなっているという。「語り部」としての被爆者に残された時間はそう長くない。

 このたび、ホーム内での撮影許可が初めて下りた背景にも、「今のうちに被爆者の真の姿、声、思いを遺しておきたい」という切なる願いがあった。作中では、年に数回、「平和学習」のために訪れる小中高生に向けて、〝被爆劇〟を上演する利用者たちの姿が映し出される。

 被爆者にとって、当時の惨状を思い出し、口に出して他人に語ることは並大抵のことではない。にもかかわらず、本作に登場する被爆者たちは、小さな観衆を前に、自らの体験を舞台上で忠実に「演じる」のである。繰り返し、何度も何度も……。その鬼気迫る演技は、観る者を釘づけにして離さない。

 東日本大震災による原発事故が発生したのは、本作の撮影直後。長崎大学構内の病理標本保管室で、5000件に上る急性被爆症患者の臓器を前に、研究員が内部被曝について語るシーンは、震災前に撮られたものとは思えない。毎朝、ホームに届けられた新聞を黙々と整理する本作の主人公、本多シズ子さんは、どんな心境で事故後の記事を読んでいるだろうか。

 体に受けた傷跡をさらけ出し、原爆の恐ろしさを訴える被爆者がいる。マイクを持って楽しそうに大声で歌う被爆者がいる。人間が創り出した核の脅威を前に、衰える心身にあらがいながら、毅然として生きる被爆者たち。カメラは、技術的にも芸術的にも決して秀逸とはいえないものの、ただ静かに、その日常に寄り添う。

 間もなく被爆地ナガサキは、67回目の夏を迎える。長崎にも「怒り」はある。被爆者たちの悲しみと苦しみは、この先も癒えることはない。しかし、それでもなお、ロザリオを手に祈り続ける被爆者たちの姿は、眩いほどに勇ましい。

公式サイト:http://www.natsunoinori.com/

 

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【Ministry】 特集「教会の中心で『宣教』を考える」/対談 「宣教師の子どもたち」 クリス・ライス × ジム・ピーターソン 14号(2012年6月)

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