早乙女勝元氏が明治学院大学で講演 「語りつぐ平和への想い」 2012年8月11日

 明治学院大学キリスト教研究所は、7月13日、作家の早乙女勝元氏を招いた記念講演会「語りつぐ平和への想い ある作家の体験から」を同大白金キャンパス(東京都港区)で行った。これは同研究所がアウシュビッツ強制収容所でのコルベ神父(1894~1941)を描いた原画展にあわせて催したもの。

 12歳で東京大空襲を経験した早乙女氏は、青春小説、東京大空襲や平和問題に関するものなど、その著書は130冊を超える。東京空襲の語り部として活動し、2002年には民立・民営の「東京大空襲・戦災資料センター」の初代館長に就任した。

 東京大空襲での自身の経験とあわせ、コルベ神父について語った早乙女氏。「日本がナチス・ドイツと同盟を結んだのは、コルベ神父が死ぬ1年前ということを考えると、わたしたちとこの神父の死は無関係ではない」と力強く訴える。

 そして「いかなる宗教も信じてはいない」とする一方、コルベ神父のような人に惹かれる、とも。アウシュビッツ強制収容所を訪問したときのことを述べ、一つの国が一つの民族を絶滅しようとしたことを「人間はここまでなれるものかと絶望的な気持ちになった。しかしこの暗黒の世界にかすかな一条の光を投げかけているのがコルベ神父」。

 空襲で逃げまとう日々を過ごした少年時代。1945年3月10日の東京大空襲は、約300機の大連隊を組んだ米軍爆撃機B29が下町地区を目標にしたことや、圧倒的な油脂焼夷弾など、それまでとは違う特徴がいくつもあることを解説した。「正味2時間で東京の運命を変えた。こんな短時間で10万人も死んだのは人類史上最高。世界的に見てもないもので、最も酷い」。

 マキシミリアノ・マリア・コルベ神父(1894~1941)=ポーランド生まれ。カトリック司祭(聖母の騎士修道会)として1930~1936年には長崎でも布教活動や孤児院の設立活動を行った。ナチスに批判的として、1941年にアウシュビッツ強制収容所収監。脱走の見せしめとして処刑されることになった妻子ある男性囚人の身代わりを申し出、餓死牢に閉じ込められ、最後は毒殺された。1982年10月、ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世からカトリック聖人に加えられた。

 

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