P・S・メーヤー宣教師召天50周年 〝福音宣教の思い新たに〟 日基教団清水ヶ丘教会で記念礼拝 2012年12月8日

 戦前から戦後にかけて、日本での福音宣教に生涯をささげたP・S・メーヤー宣教師(米国福音教会宣教師、神学博士)の召天50周年を記念する礼拝が11月16日、日基教団清水ヶ丘教会(神奈川県横浜市、島田勝彦牧師)で行われた。同宣教師にゆかりのある日本聖書神学校や日基教団目白教会などの諸教会から、牧師や信徒約60人が出席した。

 「いつもあなたがたと共にいる」と題して説教した小林誠治氏(日本聖書神学校校長)は、「1909年から57年までの48年間、日本の教会、日本人を一筋に愛されて、宣教のために尽力なされた」と、同宣教師の歩みを振り返り、「メーヤー先生ご夫妻の生涯を思い、偲ぶだけにとどまらず、『主は常に共にいます』というみ言葉に促されて、すべての人に伝道する、福音を述べ伝えていくという思いを新たにして、出発をする決心の時でありたい」と語った。

 礼拝後出席者たちは、同宣教師夫妻と娘フローレンス氏の遺骨が納められている同教会墓苑を訪れ、哀悼の意を表した。目白教会の古旗誠牧師が司会を務めた茶話会では、参加者から、同宣教師夫妻から英語や料理を教わった思い出などが語られた。

メモ
 P・S・メーヤー(1884~1962年)=米ウィスコンシン州生まれ。1909年、25歳の時に福音教会の外国伝道会から派遣され来日。隠退まで日本福音同胞教会日本宣教師団の統理を務める。
 13年、築地の居留地から目白に移転。宣教師館(メーヤー館)を建て、教会、幼稚園、英語学校で活動した。第二次世界大戦下の43年、強制送還されるが、46年にGHQの宗教顧問として再来日し、敗戦後の荒廃した日本の社会、教育、教会復興に尽力した。同年、発起人の1人となり、宣教師館を校舎として日本聖書神学校を創設する。
 日本聾話学校財務理事、日本聖書神学校理事長、日本キリスト教協議会副総主事、内外協力会会計、同会幼児教育専門委員、農村指導者養成所理事などを歴任。
 57年に隠退、帰米。59年、プロテスタント日本宣教100年記念大会に来日。清水ヶ丘教会に立ち寄った際、市内を眺望する丘の上に建てられた納骨堂を見て、遺骨を納めたいとの意思を示した。62年に逝去し、日本聖書神学校で追悼集会、目白教会で追悼記念礼拝、清水ヶ丘教会で納骨式が行われた。以後、毎年清水ヶ丘教会で墓前礼拝が行われている。

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