岩手県水沢の若井和生牧師が講演 放射能問題と向き合って 「信仰者であるがゆえの鈍感さ」指摘 2013年4月13日

 3・11以後、岩手県水沢で放射能の問題に向き合ってきた若井和生氏(保守バプテスト同盟水沢聖書バプテスト教会牧師)が「放射能問題と向き合って問われたこと――夫として、父親として、牧師として」と題して3月16日、お茶の水クリスチャンセンター(東京都千代田区)で講演した(キリスト教世界観ネットワーク主催)。

 昨年11月にブックレット『目に見えない放射能と向き合って――岩手県南・水沢で』(いのちのことば社)を出版した若井氏。放射能の問題に向き合うようになったのは2011年9月のこと。岩手県南部にも放射能の混ざった雨が降り、教会で放射線測定器を購入して線量を測定したところ、高い数値が出た。

 若井氏の妻は震災直後から放射能の問題に関心を持って情報を集めていたが、若井氏自身は当初、問題に向き合えなかったという。

 その理由の一つとして、「信仰者であるがゆえの鈍感さ」を挙げた。情報に振り回される妻の姿が「不信仰に見えた」と言い、「自分は『信仰』という言葉を使いながら問題と向き合おうとしなかった」と、反省の言葉を口にした。

 「問題に蓋をして、何事もなかったかのように平静さを保つことが果たして信仰と言えるのか。自分自身の〝弱さ〟が突きつけられない程度に問題と距離を保ち、安定を保つことが信仰者の姿なのか」と考えるようになったと話し、「自分自身の弱さを暴かれるような経験であっても、動揺したり悩んだり苦しんだりしながら神さまにすがることこそが信仰」と思うようになったと、心境の変化を振り返った。

 その上で、「もしかしたらこれは日本の教会が一般的に抱えている傾向であり課題であるのではないか」と提起。問題と向き合えなかったもう一つの理由として、「罪意識の乏しさ」を指摘した。

 やがて子どもたちが成長した時に、「どうして放射能汚染と核の廃棄物の管理というとんでもない重荷を担わせたのか」と問われる時が来ると述べ、「『自分は関係ない』とは言えない。自分も社会の構造の一部に組み込まれてしまっている。その結果多大な負債を子どもたちの世代に負わせてしまっている」「神さまがわたしたちに委ねてくださったこの地上の管理を正しく果たすことができずに、これだけの事態を引き起こしてしまったという神さまに対する責任という部分でも、本当に大きな罪を犯した」と語った。

 また、「日本はかつて広島・長崎で原爆を経験し、放射能がいかに恐ろしいかということを国として経験していた」とし、放射能の危険を証ししてきた人たちの声に耳を傾けることが不十分だったとして、「歴史から学ぶことの乏しいわたしたちのあり方が見直されなければならない」と主張。

 「放射能の被害を一番まともに受けるのは大人ではなくて子ども」と述べ、地域と病院と教会とのつながりの中で「子どものいのちを守るために全力を尽くしたい」と強調。全国で放射能問題と取り組む人々が孤立しないように、地域の教会が理解を持って受け入れてほしいと呼びかけた。

 主催のキリスト教世界観ネットワーク(島先克臣主宰)は、「イエス・キリストは、教会と私生活だけでなく、ビジネス、政治、教育、芸術、音楽、環境問題、子育て、皿洗い、遊び、を含むあらゆる生活の分野の主である」とあらためて捉え直して生きていきたいと願うキリスト者の集まり。毎年集会を開催しており、今回が9回目。これまで、山川暁氏(記録文学作家)、小嶋崇氏(日本聖泉基督教会連合巣鴨聖泉キリスト教会牧師)、岩田三枝子氏(東京基督教大学神学部専任講師)などが講演している。問合せはホームページ(http://cwn.way-nifty.com/cwn/)まで。

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