山浦玄嗣氏がイグナチオ教会で講演 「頼りなく、望みなく、心細い人は幸せだ」 2013年4月27日

 岩手県気仙地方の話し言葉「ケセン語」による聖書翻訳に取り組んできた医師の山浦玄嗣氏(カトリック大船渡教会会員)が4月7日、カトリック麹町聖イグナチオ教会(東京都千代田区)で「闇を照らす光――そうだったのか、イエスの言葉!」と題して講演した。カトリック東京大司教区アレルヤ会(森脇友紀子会長)の主催で、約350人が出席した。

津波で実感した聖書の言葉

 気仙地方に聖書の言葉を伝えたいと、ケセン語の正書法を確立し、福音書をギリシア語からケセン語に翻訳してきた山浦氏。2002年から04年に出版した『ケセン語訳新約聖書』(イー・ピックス)4巻では、「気仙の民衆が耳で聞いて分かる言葉しか使わない」と決め、教会用語や漢語を使わない翻訳を目指した。

 これを機に、「ケセン語」訳聖書から「セケン語」訳聖書を作ることを決意。11年に『ガリラヤのイェシュー 日本語訳新約聖書四福音書』(同)を上梓した。「教会にしか通じない言葉は一切使わない」というケセン語訳聖書での方針を踏襲し、イエスの時代の社会情勢を表現するため、幕末の頃に使われていた日本各地の方言を用いて同書を作り上げた。

 出版に向け準備を進めていた時、東日本大震災が起こり、津波で出版社のイー・ピックスが破壊された。しかし、残された倉庫の中から見つかった3千冊の『ケセン語訳新約聖書』が、「お水くぐりの聖書」として話題になり完売。その売り上げを用いて、『ガリラヤのイェシュー』を出版することができた。

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 山浦氏は、聖書を翻訳する過程で、日本語聖書の「心の貧しい人々は、幸いである」という訳が腑に落ちなかったと述べた。

 「心の貧しい人」とは普通「さもしい人」のことを指す言葉だと指摘。また「幸い」という言葉を日本人がどのような意味で使用しているか、インターネットで検索した結果を紹介。最初の100件について調べたところ、51件が聖書の話(牧師の説教)であり、残り一般の49件では「もっけの幸い」という意味で使われていたという。

 「日本人の100人に1人しか〝ヤソ〟はいない。その中で牧師になる人はもっと少ない。よほど変わった人が使う言葉だ」と述べ、文法的には正しくても日本語の慣用表現においては「とんでもない意味になる」と主張。「頼りなく、望みなく、心細い人は幸せだ」という自身の訳を示し、「それを津波で実感した」と語った。

 津波により街が破壊され、死体のにおいが天地を覆う「頼りなく、望みなく、心細い世界」にあって、世界中から支援者が駆けつけてきた。

 「今度ほど多くの人に面倒見てもらった、心配していただいた経験はない」と述べ、「人と人との交わり。人と人との触れ合い。善し悪しを抜きにして『ありがとう』とお互いに言うことができる幸せ。これは人間が本当に幸せになるための基本的なことだと、イエス様は説教の最初に言っている」と強調した。

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 主催のアレルヤ会は、司教、司祭、引退司祭、神学生とその家族を支援し祈る会。カトリック女性信徒が個々の霊性を高め、互いに協力して福音宣教に努めることを目的とする。69年に「東京教区カトリック婦人同志会」として設立。現在、岡田武夫大司教が顧問を務めている。

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