「福音主義」の歴史検証 日本福音主義神学会東部部会研究会 2013年12月14日

「民主主義の危機に時代見つめ」中村敏氏
「戦争経験と悔い改め原点に」山口陽一氏

 日本キリスト教史における〝福音主義〟〝福音派〟について検証する研究会が11月18日、お茶の水クリスチャンセンター(東京都千代田区)で開催され、約60人が出席した。主催の日本福音主義神学会東部部会(大坂太郎理事長)は、「福音主義とは何か」をテーマに春季研究会を6月に開催しており(7月13日付既報)、今回の秋季研究会はそれに続くもの。中村敏(新潟聖書学院院長、日本伝道福音教団牧師)=写真左、山口陽一(東京基督教大学教授、日本同盟基督教団社会局長)=写真右=の両氏が、それぞれ戦前・戦後のプロテスタント教会の歴史を分析した。

 『日本プロテスタント海外宣教史』(新教出版社)、『日本プロテスタント神学校史』(いのちのことば社)などの著者である中村氏は、「日本キリスト教史における福音主義――戦前の日本プロテスタント・キリスト教史における福音主義」と題して講演。宣教師を通して日本に伝えられたプロテスタントのキリスト教の一つの結論が1941年の日基教団の成立だとし、「福音主義」の位置付けを考察。結論として次の6点を示した。

 ①19世紀半ば以降日本に伝えられたプロテスタンティズムは、19世紀の欧米の信仰復興運動から受け継いだ福音主義であり、直接的には福音同盟会(1846年ロンドンで結成された、正統信仰を掲げるプロテスタント教会の国際的な連合団体)に代表される福音主義または聖書主義の信仰であった。

 ②20世紀以降、福音同盟会、基督教会同盟、日本基督教連盟に代表される日本のプロテスタント教会の主流は、初期よりも幅広い福音主義に立っていき、30年代以降は弁証法神学が主流となっていった。

 ③一方で純福音派や南長老ミッションの群れは、聖書の十全霊感を信じる聖書主義信仰を保って伝道し、教会形成を行い、神学校を運営した。

 ④1941年の日基教団の設立において、福音主義を標榜して主流派も純福音派もすべての教派が合同するに至った。

 ⑤時勢とはいえ、信仰告白による一致ではなく、国策を受けて、主流派教会も純福音派教会も合同した。その最高指導者(富田満)は、戦前の福音主義信仰を代表する人物であったが、伊勢神宮に参拝し、侵略戦争に協力する教会の先頭に立った。そこに日本の福音主義の脆さと未成熟さが露呈したと言えるのではないか。

 ⑥今後の福音主義は、聖書信仰を土台とする正しい信仰告白の堅持と同時に正しい歴史認識・社会認識のもとに伝道し、教会形成することが期待される。

 これらの点を指摘した上で同氏は、「今、安倍政権のもと、国家安全保障会議、特定秘密保護法案、集団的自衛権の解釈見直しなど、平和憲法に基づく戦後の民主主義体制が大きな危機を迎えている中で、わたしたちは福音主義信仰に立つ者としてしっかりと時代を見つめ、教会と神と人とに仕えていきたい」と述べた。

     ◆

 「戦後の〝福音派〟とは何か」と題して講演した山口氏は、日基教団統理による45年8月の「令達第十四号」で語られた懺悔について、「それは偶像礼拝や戦争協力を神と人の前に悔い改めるものではない。天皇にお仕えする力が足りずに戦争に敗れてしまったことを懺悔し、新日本建設のための新たな報国を誓うものだった」と指摘。「国民総懺悔運動」については、「戦争責任の所在をあいまいにし、教会もその一端を担いこそすれ悔い改めの根源となることはできなかった」と述べた。

 その上で、中村氏の『日本における福音派の歴史』(いのちのことば社)に付け加える形で、戦後のプロテスタントを六つに分類。日基教団を中心に日本キリスト教協議会(NCC)に加盟する戦前からの教派と、日本福音同盟(JEA)に結集して「福音派」と総称されるグループに二極化しつつ進展したことを概観した。

 さらに「福音派」の形成過程をたどり、59年の福音派諸団体による「宣教百年記念聖書信仰運動」について、その「大会宣言」で、過去の偶像崇拝を反省し悔い改め、現行憲法を支持し、国家行事の中に宗教的要素が混入することのないよう監視することを誓っていることに注目した。その運動が継続され、翌年成立した日本プロテスタント聖書信仰同盟に伊勢神宮対策委員会が設けられ、67年以降の靖国神社国家護持反対運動となっていったことを解説。「戦後日本の『福音派』が何であるかを敗戦から考えてみると、これが歴史的な理由を持って結集されたことがよくわかる。戦争の経験と悔い改めという原点を持たずに神学思想のみで『きよめ派』と『改革派』が協働することは考えにくい」と語った。

 そして、かつて日基教団で11年牧師を務めた経験から、「日基教団が日本のプロテスタントの教会の中心的存在でありながら、67年以降紛争の中でいろいろな意味でちぐはぐであったことは、教会史において非常に残念な点。教団の中にあまりにも問題・課題があるので、なかなか力を合わせて外に出ていくことができない」と印象を述べた。

 最後に、福音派の教勢が95年頃から停滞していることに触れ、韓国教会やメガチャーチを例に、「より新しい教会が生まれ、成長点が移動したとも言える」と主張。「聖書の規範性に立つ根本教理、救いの恩寵性に基づく熱心な伝道、敬虔な生活と教会の自律性。日本の福音派が歴史の中で与えられ、形成し、大事にしてきたものを、新しい時代の中で生かしていきたい」と結んだ。

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