「信仰の起点は〝受け取る〟」 国際基督教大学Cウィークで内田樹氏講演 2014年6月14日

 国際基督教大学(ICU、日比谷潤子学長)は、5月19日からの1週間を「C‐Week」として、ワークショップや新しい礼拝の試みなど、キリスト教を土台とするさまざまな企画を展開した。20日の特別大学礼拝には本田哲郎氏(フランシスコ会司祭)、21日には作家で武道家の内田樹氏(神戸女学院大学名誉教授)を招いた。同大学の「Cウィーク」は、ICUの「C」であるキリスト教について、学内で触れる機会を提供するための強調週間。

 内田氏による特別講演は、かつてキリスト教学校教育同盟の主催する会で同氏の講演を聞いた北中晶子氏(国際基督教大学教会牧師)が依頼したもので、このほど2年越しに実現した。

    今年のテーマは「体」

 「体と学び」と題して講演した内田氏は、神戸女学院大学(2011年に退官)に赴任して初めて、自身の受けてきた国公立校での教育が本来の教育ではなかったと思い至ったと切り出した。

 大学教育に成果主義を導入した2006年の独立行政法人化以来、日本の学術レベルはまったく向上していないと指摘。次世代の育成は集団的事業であり、誰がどれだけ成果を上げたかなど、教師個々人の力量を査定する傾向にくぎを刺した。

 かつて経営コンサルタントの調査員がヴォーリズ設計による同大の建物を指して、「築60年以上の建物は無価値。こんな物を維持し続けるのは、お金をどぶに捨てるようなもの」と断言したことを紹介し、坪単価や築年数、費用対効果など、数値的・外形的エビデンスでしか物の価値を評価できないことの貧しさを批判。

 その上で、ヴォーリズ建築の秀でている点として「教室内の声のとおりがいい」こと、「知的好奇心を持って行った先に必ず新しい風景が用意されている。行き止まりがない」ことを挙げ、「『校舎が学生を育てる』と言っていたヴォーリズの、知性に対する贈り物。こんなに素晴らしいメタファーはない」と称賛した。

 また、大学教育を取り巻く現状について、「たとえば教育内容(コンテンツ)を商品として、消費者としての学生に開示するような『シラバス』のあり方はナンセンス。教育を商品として扱うことは原理的にあり得ない」とし、「知らないからこそ学ぶ必要があるのであり、履修した結果、得られる内容が授業を受ける前から予見できるはずがない」と持論を展開した。

 内田氏によれば、今日の教育で最も欠落しているのは、直感の力を育てるプログラム。どうしたらいいかわからない危機的な局面に、頭で考えるより早く適切な道を選び取ることができる力。いわば身体的感受性を高めるためには、日常生活のルーティーンを守ること、判で押したような生活を続けることが重要だと説いた。そうすることによって、「あるはずのものがない」あるいは「ないはずのものがある」というわずかな変化に気づくことができるという。

     ◇

 講演の後、「信じること」をめぐる学生からの質問には、「宗教的知性と科学的知性は同根で、ランダムな事象から超越的な秩序や法則性を見出す直感」と応答。

 「大事なのはコンテンツの理解ではなく、方向性を感じ取ること。わたしたちは母語の習得過程において、日本語を知らない。内容を理解する以前に、宛先を感じている。一神教の起点にあるものは能動的に『信じる』という経験ではなく、自分に充てられたメッセージを『受け取る』という行為。それは、私がここに存在し、その存在が祝福され、承認されていると知ること。それを確信した時にわき起こるのは、自分の存在が承認されたことに対する感謝の念」

 自身がレヴィナスに出会い、その研究に従事するようになった経緯も、ある日突然神の啓示を受けた預言者と似た経験であったと打ち明けた。

 学生たちは、終了後も講師を囲んで熱心に語り合った。

 

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