韓国で「遠藤周作国際シンポ」日韓英の研究者が『沈黙』論じる 2015年2月7日

 主として遠藤周作研究の学術的な交流を目的とした日韓英の研究者による国際大会が12月5~6日、韓国・仁川大学校で開催された。韓国日本基督教文学会(金承哲(キムスンチョル)会長=南山宗教文化研究所第一種研究所員)と遠藤周作学会(笠井秋生会長=梅花女子大学短期大学部名誉教授)が共催し、計36人が参加した=写真。

 2日目の「『沈黙』をどう読むか――特殊と普遍」をテーマにした「遠藤周作国際シンポジウム」では、宮坂覺氏(元フェリス女学院大学学長)が基調講演を行った。また、山根道公氏(ノートルダム清心女子大学教授)の司会のもと、長濵拓磨(京都外国語大学准教授)、マーク・ウィリアムズ(英リーズ大学教授)、朴賢玉(パクヒョンオク)(木浦大学校アジア文化研究所研究員)の各氏と金氏による発表が行われ、各国における遠藤研究の現状と先行研究の特色が報告された。

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 研究発表者の1人、兼子盾夫氏(上智大学キリスト教文化研究所客員所員)は本紙に次の感想を寄せた。

 かつての『沈黙』論は神の沈黙を前に司祭が絵踏みする意味を問うことに集中する傾向があったが、近年の関心は絵踏み後の「切支丹屋敷役人日記」にみられるロドリゴの信仰と宣教に移っている。それは今年中にも完成予定の『沈黙』の再映画化(マーティン・スコセッシ監督)における『沈黙』解釈にも見られる。

 「シンポジウム」の基調は山根氏の次の問題提起に明確に表れている。すなわち『沈黙』は遠藤の信仰体験や日本の精神風土とキリスト教という〈特殊〉の問題を深く掘り下げた作品であることは確かだが、同時に現代における神と人間をめぐる〈普遍〉の問題を凝視した傑作として世界で読まれている。『沈黙』は多くの問題を内包した作品で、刊行以来の半世紀間にさまざまに論じられてきたが、今なお多くの問題が投げかけられている。特にロドリゴの絵踏み場面と「切支丹屋敷役人日記」とを日韓英の研究者がどう読むか。それを通じ『沈黙』が現代のわたしたちに投げかける意味を問うことに大きな意義がある、と。

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