「建学の精神」活かすには? キリスト教・仏教・神道の大学が実践紹介 2015年3月7日

 私立大学が「建学の精神」を形骸化させずに教育に活かしていくためには、どのような取り組みが必要であろうか。「建学の精神」を具体的な形で教育に取り入れている宗教系の大学の実例をもとに、「建学の精神」を教育に活かす場としての「教養教育」の可能性を考えるシンポジウム「教養教育における『建学の精神』の可能性――私立大学ならではの教育の実践」が2月21日、国学院大学(東京都渋谷区)で開催された。関西学院大学(キリスト教)、大正大学(仏教)、国学院大学(神道)の3大学の実践が紹介され、寺﨑昌男氏(立教学院本部調査役、東京大学名誉教授)が、大学の「独自性」について持論を述べた。大学関係者ら約150人が参加した。

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 最初に、文部科学省大臣官房文部科学広報官の松坂浩史氏が「『建学の精神』と教育」と題して基調講演を行った。同氏は、複数の大学のホームページを例に、そこに記載されている「建学の精神」が必ずしも明確ではないことを指摘。すべての大学において、「建学」の時点に明確な「建学の精神」があるわけではなく、歴史を重ねる中で、固有の「理念」が形成され得ることを示した。
 また、1991年の大学審議会答申「大学教育の改善について」によって、それまでの単一の大学像から、それぞれの理念・目標に基づく大学像へと変化し、「建学の精神」が強調され、教育内容の多様化が認知されてきたことを振り返った。

 その上で「教養教育」について、法学部、経済学部、医学部など、各学部でどこまで「共通」にすべきか、また「教養教育」を人類共通の学問と捉えた場合に「建学の精神」によってその内容を変えてよいのか、といった問題を提起した。

 さらに、大学への進学率が上がる一方で、大学生の学修時間が下がっていることを指摘。かつては学生と教員の距離が近く、共通する価値観を持っていたが、今では価値観が多様化し、学生と教員の距離が離れているとし、学生と教員が共鳴するところに「教養教育」「建学の精神」の可能性を模索することを提案した。

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 「関西学院大学の試み――ミッション展開」と題して報告した同大学教育学部教授・関西学院宗教総主事の田淵結氏は、昨年125周年を迎えた同学院が、2009年から2018年までの10年間に21世紀ミッションステートメントを策定し、それに基づいてガバナンス改革に取り組み、グローバル化の中での教育展開を目指していることを紹介。09年に起草されたミッションステートメントに含まれている「キリスト教主義」「世界市民」「マスタリー・フォア・サービス」という三つのキーワードについて説明した。

 「マスタリー・フォア・サービス」とは、カナダ人宣教師であった第四代院長のC・J・L・ベーツ氏が提唱したスクールモットー。「奉仕のための練達」と訳されるこのモットーについて田淵氏は、一見キリスト教的には見えず、誰にでも受け入れられるものだとしつつ、「しかしこれをキリスト教の世界に戻して考えると、ものすごくキリスト教的な発想」だと強調。「建学の精神」として定着したこの言葉を、キリスト教主義の大学として学生たちにどう伝えるかが課題だと語り、さまざまなプログラムを展開していることを紹介した。

 最後に、同学院の125周年を記念するポスター3種類に、いずれも創立者の写真ではなく西宮上ケ原キャンパスの写真が採用されている理由について、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計したキャンパスそのものが建学の理念を語っているのだと説明。「学生たちはそこで過ごす時間の中で、この学校はどのような学校か体得していく」と述べた。

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 大正大学表現学部長・教育開発推進センター長の小嶋知善氏は、「初年次教育における国語力養成の取り組み」と題して、初年次の教養教育の一つである「学びの基礎技法B」を通して国語教育に力を入れていることを紹介した。同大学は、「智慧と慈悲の実践」を「建学の精神」としており、「慈悲」「自灯明」「中道」「共生」という「4つの人」となることを教育ビジョンとしている。この「建学の精神」を初年次教育、教養教育の中にどのように取り込むかが課題だと語った

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 国学院大学副学長・教育開発推進機構長の加藤季夫氏は「国学院大学の3つの慮いと教養教育のあゆみ」と題して報告。同大学が「神道精神」(日本人としての主体性を保持した寛容性と謙虚さ)に基づいて教育・研究を行っていることを示し、「人として生きるための知識・技能」を身に付けることを同大学の教養総合科目の目標としていることを紹介した。利他的行動を取れることが人間の特徴であり、それを教育するのが大学の教養教育の一つだと主張。「クリティカル・シンキング(批判力)」と「共感力」を身に付けた人材を育てることが必要だと訴えた。

 

寺﨑昌男氏 「理念の絶えざる捉え直し必要」

 

 柴﨑和夫氏(国学院大学教務部長・人間開発学部教授)の司会によるシンポジウムでは、3大学の報告を受けて寺﨑氏がコメント。「建学の理念を問題にする前提に、現実に大学が果たしている社会的機能の実態を見極めることが重要」とし、理念の絶えざる捉え直しが必要であると主張した。
 また、大学の持つ「多様性」と「独自性」の関係に触れ、特に「独自性」の重要性を指摘。学生は、他の大学と比べて自分の大学のどこに「独自性」があるのかを認識せずに入学してきており、どこが違うのか分かると安心するのだと述べた。
 そして、日本の大学教育が「グローバル化」などの方向に画一化される危険性があることを指摘し、「独自性」が消えることを危惧。行政による指導や助言の方向性を問うた。

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 会場からは、「『建学の精神』が人間形成を中心に論じられている。各宗教固有の言葉を除いてしまうと同じに見えてしまう。違いがよく分からない」という質問が投げかけられた。

 それに対し加藤氏は、「『人格形成』という点では共通項があると思う。その共通項に向かって、どのような方向性で取り組んでいくのか、という点で、キリスト教、神道、仏教は違うと考えている」と応答。小嶋氏は、「仏教の精神がどのように人格形成に影響するかは非常に分かりづらいが、学生が就職の際に大正大学出身だと言うと、良くも悪くも『ああ、やっぱり』と言われるのは、何かしら影響しているのではないか」と述べた。

 田淵氏は、「人格の陶冶」という言葉について、捉え直しをしながら具体化する作業を繰り返していかなければならないとし、「建学の理念が創立者の言葉だからということではなく、わたしたちが求められていることにどう応えていくか、というところで独自性を発揮していくべきだ」と訴えた。

 このシンポジウムは国学院大学教育開発推進機構が主催したもの。「建学の精神」をテーマにしたシンポジウムを2年に1度開催してきたが、3回目となる今回が最終回となった。

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