ムスリムと日本の宗教者が対話 宗教間の相互理解と和解目指す 世界イスラーム連盟・WCRP日本委共催 2015年5月2日

 イスラームの名を悪用した過激派組織による暴力や武力行使が世界各地で起こり、アジアにおいてもムスリムと仏教徒の対立や紛争が生じる中、諸宗教間の対話を通した相互理解の促進と、和解に向けた協働が喫緊の課題だとして、「ムスリムと日本の宗教者との対話プログラム」が4月9~10日、東京・六本木のグランドハイアット東京で開催された。総合テーマは「平和のための共通のヴィジョンを求めて」。7カ国27人の海外参加者を含め、日本の宗教者、各国駐日大使など、約300人が参加した。

      ◆

 同プログラムは、世界イスラーム連盟(MWL、本部=サウジアラビア・メッカ)が2013年、日本の宗教者との対話会議開催を日本ムスリム協会に要請したことをきっかけとして、MWLと世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会の共催、日本ムスリム協会の協力で開催された。

 開会にあたり基調発題を行ったMWL事務総長のアブドッラー・ビン・アブドルムハセン・アル=トルキー氏は、「世界の争いごとは宗教が原因ではない。手段として利用したとしても、宗教が呼び掛けるのは寛容さであり、公正なあり方である」と主張。諸宗教と諸文明の対話を通して相互理解と共生を推進し、悪化する世界の紛争を軽減しなければならないと訴えた。

      ◆

 「宗教と平和」「宗教の違いと憎しみの文化」「宗教の価値と共通の課題」「今後の計画」をテーマとする四つのセッションには、総勢27人が登壇した。

 セッションⅡ「宗教の違いと憎しみの文化」に登壇した小原克博氏(同志社大学神学部教授=写真下)は、セッションタイトルに「アイデンティティ・ポリティクスの罠に陥らないために」というサブタイトルを付けて発題した。アイデンティティ・ポリティクスとは、特定のアイデンティティに基づく集団の利益を代弁した政治活動。

 同氏は、「憎しみの文化」とは、「異質な他者を際限なく生み出すシステム」だと定義し、「宗教の違い」が「憎しみの文化」を生み出すのではなく、むしろ「憎しみの文化」が「宗教の違い」という境界線を生み出しているのだと主張。「憎しみや暴力を正当化するために、宗教的アイデンティティの違いが強調され利用される」のだと説明した。

 その上で、「シャルリー・エブド」襲撃事件に言及。フランスでは預言者ムハンマドの風刺画に嫌悪感を抱く人もいたが、それを公然と表明することは極めて困難な空気があったとし、「表現の自由」というフランス的な価値への同意が、ムスリムとしての自然な感情よりも優先されるべきと考えられていたと解説した。

 事件直後の「表現の自由」を訴える大行進については、「この熱狂が結果として文化的差異のポリティクスに力を与えないとも限らない」とし、「『表現の自由』を求める熱狂が、将来のイスラモフォビア(イスラーム恐怖症)、イスラーム憎悪感情へと反転する危うさを含んでいることを今、冷静に考えてみるべきではないか」と訴えた。

 そして、「宗教的アイデンティティ」は、人間の多様なアイデンティティの一つに過ぎないと強調。ヨーロッパ諸国における移民排斥運動の中で近年、「ムスリム」という宗教的アイデンティティが強調されるようになったとし、「『宗教的アイデンティティ』だけが特別視され、異質な他者をあぶり出そうとする点に、アイデンティティ・ポリティクスの罠がある。それが憎悪の文化の今日的な構造だ」と説明した。

 また、「『宗教的アイデンティティ』を強調しすぎると、宗教を本質化、ステレオタイプ化する危険にも接近しかねない」と述べ、例えば「真のクリスチャンは寛容であるはずだ」という言い方は、真のクリスチャンとそうではないクリスチャンとを区別することになり、寛容の精神に反すると主張。「クリスチャンであろうとなかろうと、人間は相互に寛容であるべきなのであって、寛容を『宗教的アイデンティティ』に強く結びつけることは、市民社会における寛容や平和をかえって阻害する危険性がある」との見解を示した。

 「ヨーロッパに関して言えば、リベラルなヨーロッパとそうではないイスラームという誤った二元論的構図が近年拡大しており、この構図が安定して再生産される時、憎しみの文化が形作られることになる」

 そのような憎しみの文化を脱構築していくためには、異質な他者の実像をできる限り多様に伝える必要があるとし、西洋中心的な考え方を批判的に検証していく必要があると指摘した。

 そして、「憎しみの文化」が社会を覆うと、人は無関心のまま特定の集団を社会から排除することが可能になると述べ、人々を無関心に陥らせないよう、絶えず新たな語りの技法を探し続ける必要があると主張。「『すべての宗教は平和を求めている』というメッセージは真実であったとしても、その単調さが人々を無関心へ追いやっていることはないだろうか。平和のメッセージが敵と味方を峻別する二元論に陥っているとすれば、それは皮肉にも憎しみの文化を補完することになっていないだろうか」と問い、「絶えざる自己変革と自己批判なしに、憎しみの文化の狡猾さに打ち勝つことは決してできない」と強調した。

 

平和の実現に努力することを決意

 セッションⅢ「宗教の価値と共通の課題」では、キリスト教、イスラーム、神道、仏教からの発題があった。WCRP日本委員会特別会員の山本俊正氏(関西学院大学教授)は、「いのちの尊厳という宗教的価値を脅かすもの」をテーマに発題し、いのちの尊厳を脅かす要因として、環境破壊、戦争、経済格差の3点を指摘した。

 その上で、「いのちの尊厳」という価値について聖書から考察。「聖書はもともと科学書ではなく、世界のあり方や人間のいのち、生きる意味について語ろうとしているもの」だと述べ、旧約聖書の創造物語から、神の似姿として創られた人間の意味に注目した。

 「神の似姿に創られたということは、一人ひとりの中に神性が宿り、大切にされなければならない存在であるということを意味している」

 そして、「人間は神に創られた存在として価値があり、どのくらい能力があるかに関係なく、存在として平等に尊重されなければならない人権を有している。これは能力主義とは真っ向から対立する価値観と言える」と述べて、キリスト教の価値観を説明した。

      ◆

 閉会セッションでは、共同声明が採択された。声明は19項目で構成され、「対話によってこそ、紛争から理解と協力と融和の道が可能となろう」と述べた上で、「過激派の諸組織が犯している暴力行為や殺戮行為がイスラームの平和と慈悲の教えに反するものである」と非難した。

 また、「テロリズムとの戦いは、イスラームを名目として戦うことでも、イスラーム嫌いを広めるものであってもならない」と述べ、テロリズムの諸原因を除去することを訴えた。

 そして、プログラムの参加者たちが、「宗教が平和な社会と世界の実現に向け強力な推進力となるものと確信し、平和の実現に努力することを決意した」ことに触れ、「諸宗教の諸々の組織に対し、人権を擁護し、安全、自由、公正および福祉に関わる人々の権利に対する尊重を強化するよう呼びかける」ことを表明。「すべての宗教が全人類のための平和と慈悲の宗教であることを確信する」と述べた。

 

 

宣教・教会・神学一覧ページへ

宣教・教会・神学の最新記事一覧

TO TOP