【映画評】 『奇跡のひと マリーとマルグリット』 三重苦の少女が伝える 生きる喜びと希望 2015年6月6日

 聴覚障がいの少女たちが暮らす修道院に連れて来られたマリー。生まれつき目と耳が不自由で、言葉を話せない彼女は、野生児のように振る舞い、誰にも心を開かない。不治の病を抱える修道女マルグリットは、残された時間の中でマリーに「世界」を伝えようと、教育係として根気強く彼女に向き合っていく。19世紀末のフランスでの実話に基づく本作。三重苦のマリー・ウルタンと、彼女を教育したシスター・マルグリット、共に実在する人物だ。物語の舞台となったラルネイ聖母学院は、ラルネイ英知会によって1835年に設立され、現在も視聴覚に障がいのある子どもたちの施設として存続している。

 「三重苦の女性と、彼女を支える教育者」というと、ヘレン・ケラーとサリバン先生の関係が思い起こされる。後天的な病気によって聴力・視力・言葉を失い、複数の教師から教育を受けたヘレン・ケラーに対し、マリーの障がいは生まれつきで、マルグリット1人が彼女に教育を行ったとされている。物語の冒頭、マリーを初めて見たマルグリットが「魂に出会った」と言うように、2人の魂のぶつかり合いが描かれる。マルグリットの献身的な教育の結果、8カ月目にしてようやくマリーは、自分が大事にしているナイフを「ナイフ」であると理解する。それを機に次々と手話を取得していくマリー。次第にマルグリットは自分の死が近いこと、死ぬ時期は神にしか決められないこと、神はどこにでもいることを伝える。

 2人の間にもはや「悲しみ」はない。「生きて!」というマルグリットの言葉をマリーが受け入れたからだ。マルグリットの墓地の前で「あなたを想っています」と語りかける誇りに満ちたマリーの表情からは、生きることの「喜び」と「希望」が伝わってくる。

 マリーを演じるのは、自身も聴覚障がいのあるアリアーナ・リヴォアール。本作がデビュー作でありながら、マリーを表情豊かに生き生きと演じる。実在のマリーも社交的な性格で、読み書き、点字法、縫い物を覚え、その後も後輩の指導にあたったという。毎日が同じ生活の繰り返しだと感じていても、ひとたび生の喜びに気付くことができるならば、人生は有意義なものとなる。それは創造主に感謝して、日々を大切に生きることでもある。

公式サイト:http://starsands.com/kiseki-movie/

 

「Ministry」掲載号はこちら。

【Ministry】 特集「過疎と教会 今そこにあるキボウ」 25号(2015年5月)

© 2014 - Escazal Films / France 3 Cinema - Rhone-Alpes Cinema

映画・音楽・文化一覧ページへ

映画・音楽・文化の最新記事一覧

TO TOP