日・中・韓・米 国際シンポ「和解と平和のための祈り」にR・ヘイズ氏ら 悲惨な経験、平和と和解へ 2015年6月6日

70年目の被爆地 長崎原爆資料館

 米デューク大学神学部和解センター「北東アジアキリスト者和解フォーラム」主催による国際シンポジウム「北東アジアにおける和解と平和のための祈り」が4月26日、長崎原爆資料館(長崎市平野町)を会場に開催された(長崎市、長崎キリスト教協議会、活水女子大学、長崎外国語大学、青山学院大学宗教センター、同大学校友会長崎県支部、キリスト新聞社後援)。キリスト教の歴史と迫害、そして第二次大戦中の原爆といういくつもの悲惨な経験を、平和と和解へと転換してきた象徴的な都市長崎に、日中韓米のキリスト者ら約100人が集い、市民の前で語り合った。

 

〝キリシタンの「赦し」がカギ〟

 戦後70年を迎えてなお、北東アジアでは国家間の自己主張の押し付け合いがますます頑なさを増すばかりに見える。が、一方で、草の根から交わり、壁を越えようとの動きは絶えることはない。

 今回シンポジウムを主催した「北東アジアキリスト者和解フォーラム」は、2012年12月にデューク大学の和解センターに招かれた日中韓米のキリスト教リーダーたちにより発足した交わりで、14年4月には韓国で第1回目のフォーラムを開催し、今年は第2回目として、4月20日から24日まで長崎の伊王島に北東アジア各国および米国からおよそ50人の参加者を集めて和解を求めて祈り、語り合った。26日の国際シンポジウムは、そのフォーラムの成果を広く長崎市民に伝えることも目的の一つで、講演者のデューク大学神学部部長のリチャード・ヘイズ氏をはじめ、パネリストにはフォーラム参加者がそろった。

 シンポジウムは、総合司会を務めた青山学院大学宗教主任福島裕子氏の主催者あいさつに続いて、カトリック長崎大司教区のヨセフ高見三明大司教による「原爆と自身の関係を認識しているアメリカ人を含めて、キリストの福音を知る日本、中国、韓国の人々が直接出会い、和解への道を歩もうとしていることは尊い。この出会いが社会へ影響を広げることになれば素晴らしい」との歓迎の挨拶でスタートした。

 この日の講演は2題あり、まずはリチャード・ヘイズ氏が「崩された壁:復活と和解」と題して新約聖書の示す和解を紹介し、具体的な平和構築について提案、「敵意の壁を崩し、その場にともに立ちたい」と語った(2面「トピックス」に同内容の講演を紹介)。

 続く、日本二十六聖人記念館館長のレンゾ・デ・ルカ神父=写真下=の講演「キリシタンの苦難と北東アジアにおける平和」では、キリシタンの歴史の中からさまざまな相互理解、和解への言葉が紹介された。例えば、二十六聖人の中でも優れた説教者として知られたパウロ三木は、最後の説教で徹底的な「赦し」を説いた。侍の子でありながら、敵への仇討ちではなく「赦し」を語ったことは、それを間近に聞いた役人をはじめ当時の市民には大きなカルチャーショックであったに違いない、とのこと。

 

 また、仏教の僧侶たちがこの殉教に関して、信仰を貫きつつ迫害する相手を赦すキリシタンたちの行為を、尊いことと捉えていた記録もあるそうだ。さらには、迫害の中でもキリスト教信仰を守った潜伏キリシタンに触れ、「現代の移民のことを考えてみると、2世、3世になると母国語でさえ継承されない。しかしながら、長崎のキリスト教信仰は隠れながら何世代も失われなかった。なぜか。私なりにたどり着いた一つの答えとして、彼らは迫害する政府を『赦す』ことができたからではないか」と語った。

 重ねてデ・ルカ神父は、そうであれば、現代の日韓、日中の摩擦を解くカギ「赦し」を、キリシタンの歴史から学ぶことができる、何万人もの殉教者を出しながら指導者なしに何世代も信仰を保ち、さらには原爆の焼け野原から復興し平和都市となった長崎を、不可能が可能となった街として思い起こしてほしいと語った。長崎の経験を思うことで、自己正当化に傾きがちなエゴイスト的な考えを乗り越えることができる、それに賭けようと論を結び、会場から熱い拍手を浴びた。

 

〝超越を知る宗教者の務め〟

 長崎プロテスタント合唱団による「長崎の空」の合唱披露に続いて行われたパネルディカッションには、パネリストとして、青山学院大学名誉教授の関田寛雄氏(=写真右上、左から三人目)、中国出身で中国のキリスト教史の専門家であるデューク大学神学部教授のシ・リアン氏、米国出身で韓国に帰化したイエズス会神父、韓国・西河大学名誉教授のムンスー・パク氏が登壇。

 関田氏は「国家をも批判できることは超越であり、その超越を知っている宗教者がまずはグローバルに心をひらいて手を結ぼう。宗教、国家、民族、言語を超えてともに生きるのが21世紀のテーマである」と、またシ・リアン氏は、「そのためには、勇気を持って真理を探究することにつきる。偏狭なナショナリズムは価値がない」などと述べた。

 会場からの「和解、平和を教育の場で教えるにはどうしたらよいか」「原爆祈念の際に、中国、韓国への加害への言及、贖罪の祈りがないのが残念だ」という質疑や意見に対し、パク氏は「人権を学び、研究することが大切。人権は政治的なプロパガンダに使われるものではなく、研究への真摯な献身が求められている」と、ヘイズ氏は「教育の場面では、文学、政治学などを学ぶにしても、真理をどう理解するかが重要だ。キリスト教が主張してきた真理は、ナショナリズムに関して大きな貢献ができる。和解という務めは現代に生きる私たちに委ねられている」とそれぞれ応答した。

 デューク大学神学部和解センターのセンター長のクリス・ライス氏が閉会のあいさつで、登壇者と参加者そして長崎市への感謝を伝えてシンポジウムを締めくくった。
                           (ライター 栗山のぞみ)

*シンポジウムの詳細は、8月発行の「ミニストリー」第26号で紹介予定。

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