戦後70年企画連続インタビュー ■3■ 吉松 繁氏(日基教団王子北教会牧師) 若者を戦地に送ってきた責任 2015年9月5日

 本紙創刊から7年目の1953年に掲げられた本紙標語「平和憲法を護れ」「再軍備絶対反対」は、その後も変わることなく題字と共に掲載されてきた。戦後の安全保障をめぐり大きな転換点を迎えた70年目の日本。この国と教会の行方を識者に問いつつ、キリスト教ジャーナリズムのあり方を読者と共に模索する。3回目は、本紙の愛読者であり、日韓の和解と交流に尽力してきた日基教団牧師の吉松繁氏。

朝鮮戦争に否と言えなかった教会

――戦後70年を振り返って思うことは?

吉松 満13歳に旧満州の大連で敗戦を迎え、8月15日の詔勅は中学校の校庭で聞きました。大連は、本土から中国へ侵略した日本軍の玄関口だった場所ですが、やがて日本人街の商店や民家が、中国民衆の略奪、暴動に遭い、ソ連軍による暴行、掠奪、強姦も目の当たりにしました。敗戦直後の恐ろしい記憶は決して消すことができません。

 当時、麦飯すら食べられないひもじさを経験しました。21万人と言われている満州での戦没者のうち、ほとんどは餓死でした。特に冬は、飢えて倒れている人が道端で凍死していました。生き残って帰れたのは、私を含め一部の人々です。

 戦後1947年に引き揚げてきましたが、クリーニング業を営んでいた両親を相次いで亡くし、戦災孤児になりました。教会に導かれたのは2年後のことです。生きる便としてはキリストの救いしかないというのが、僕の信仰でした。

 多くの青年が反戦平和の砦になると、過大な期待を持って教会へ押し寄せました。第一次キリスト教ブームと言われる時期です。しかし、ほどなくして彼らが教会を去ったのは、教会が戦争責任の反省をふまえて、朝鮮戦争に反対の意思を表明しなかったからではないでしょうか。

 あの時、反戦活動やデモをしなくとも、教会全体が朝鮮戦争に向き合い、信仰における良心の叫びを上げていれば、戦後の教会はずいぶん違っていたんじゃないかと思います。

――本紙が「平和憲法を護れ」「再軍備絶対反対」という標語を掲げ続けてきたことについて。

吉松 新左翼に流れた一部の人々が、「『キリスト新聞』の掲げる護憲や平和のスローガンは、看板倒れで中身がない」と批判した時期がありました。でも、大本である教会が崩れているのだから、それを批判しても仕方がありません。

 宣教の本質にかかわる問題だと思いますが、日本人は悔い改めをしない民族です。明治維新も然り。互いに過ちを犯した者同士、傷をなめ合う関係性は、自己批判をしないで済むので安心するわけです。ドイツはヴァイツゼッカー大統領の「荒野の40年」を見てもわかるとおり、キリスト教信仰の贖罪意識から、戦後補償にしっかり取り組んでいますよ。悔しいですが、あちらのキリスト教は筋が通っています。

 戦責告白を果たさず居直り続ける隠蔽体質は、自己絶対化の皇民化教育に起因すると思いますが、そもそも教会の指導者も、神学者の熊野義孝をはじめ「日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書翰」の原案を作成した人々です。その思想に基づいて若者たちを戦地に送り込んできた張本人が、戦後「戦争はいけない」などと被害者的発言をしている。嫌な過去は誰もが消したいと思うものですが、せめて自分の責任を恥じて沈黙するぐらいの勇気はなかったのかと。

 そうした過去に目をつぶって、いくら「神の愛」や「罪の赦し」を説いても、予科練などで「朝鮮人」を殴った罪は罪ですよ。昭和ひと桁生まれの世代でも、従軍体験がある人とない人ではずいぶん差があります。

 ただ「反戦」と唱えていればいいという状況ではありません。複雑な国際関係の中で、もはや中国と日本は逆転の状況にある。だからこそ、平和外交を重視しなければいけないと思います。

いまだ神学論争ばかりでは時代遅れ

――今後の教会のあり方についてご提言をお願いします。

吉松 これまでは、教会に対してあまりに過大な期待を持ち過ぎていたのではないでしょうか。一個人や一教会でできることには限界があります。

 これからの時代は、個々人が関わる教会の中で、そこにある中心の課題を担い、福音宣教に取り組むべきではないかと思います。それを「狭い」とか「一教会に捕らわれるな」と言ってしまうと、全体主義的になり、どれも中途半端で実りがなくなる危険がある。説教も総花的で観念的になり、みんな「霊的な課題」だと片づけてしまう。

 これまでの「良心的」牧師の問題点は、すぐに欠点を指摘して糾弾し、自分の教会だけはもっと立派にしようと帰ってきて「お山の大将」みたいに誰もいないところで説教をする……。そういうのは止めにしませんかと。いまだに神学論争ばかりでは、あまりにも内向きで時代遅れも甚だしい。

 部落解放や民族差別、反貧困、格差是正といった問題が市民運動の中心テーマですが、故・栗林輝夫先生が提唱したような個別的課題と向き合う「課題の神学」を具現していくことが、残された教会での働きかなと考えています。

 一方で、戦後の大きな特徴は、民衆の自覚的な生き方や思想、行動において、戦前とはまったく違うものが生まれているという点です。戦後民主主義は、そう簡単に覆せるものではありません。

――ありがとうございました。(聞き手 松谷信司)

 よしまつ・しげる 1932年中国・大連生まれ。東京聖書神学院卒。54年から日基教団王子北教会牧師。72年以来、韓国人の救援活動を続け、76年に「在日韓国人『政治犯』を支援する会全国会議」を結成。89年、「民族の権利と解放のための国際同盟」日本支部を結成し、事務局長に就任。著書に『在日韓国人「政治犯」と私 』(連合出版)。

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