戦後70年企画連続インタビュー ■4■ 三谷康人さん(カネボウ薬品元社長) 広い視野の中で考える時 2015年9月19日

 本紙創刊から7年目の1953年に掲げられた本紙標語「平和憲法を護れ」「再軍備絶対反対」は、その後も変わることなく題字と共に掲載されてきた。戦後の安全保障をめぐり大きな転換点を迎えた70年目の日本。この国と教会の行方を識者に問いつつ、キリスト教ジャーナリズムのあり方を読者と共に模索する。4回目は、「日本を愛するキリスト者の会」で会長を務める三谷康人さん。

終戦の虚脱感から生き方探る

――戦後70年という節目にあたって思うことを。

三谷 8月15日の1週間前(広島原発投下の2日後)、わたしの住んでいた福山市はB29の爆撃を受けて焼け野原となりました。幸いわたしの家は郊外で難を免れましたが、5㍍先に焼夷弾が落ちました。翌日、市内には数百人の死体が川縁に並べられていました。多くの人々は住む家がなく、野宿しながらの生活が続きました。いったい何のための戦争だったのかと虚脱感に襲われ、生きる目的を失いました。中学4年でした。

 2年後に高等学校(旧制)に入学し、人生の目的は何か、何のために生きているのかなどを議論しました。終戦後ですから本はほとんどありませんでしたが、たまたま書店で見つけた岩波文庫の『西郷南洲遺訓』を読み、深い感銘を受けました。内村鑑三の『後世への最大遺物』との出会いも忘れられません。彼は後世への最大の遺物はお金でも、名誉や地位や事業でもなく「勇ましい高尚なる生涯である」と言いました。

 このような言葉を心に留めながら、戦後を歩んできました。そして33歳の時、キリストに出会い、救われました。その時からわたしの人生は、聖書の言葉に従って生きる力をもらうものへと変わりました。
                             
――本紙が「平和憲法を護れ」「再軍備絶対反対」という標語を掲げてきたことについて。

三谷 わたしはクリスチャンであり、神の戒めに従う者です。ですから、戦争には絶対反対の立場にあり、平和を追求しています。その視点から見ると、憲法9条は誠に有効に機能してきたと思います。日本は戦後70年もの間、戦争することなく平和を維持できたわけですから。

 しかし、平和を維持するための手段は、常に時代の変化と共に変わることも知っておく必要があると思います。憲法9条が平和を維持するために機能しなくなれば、新たな道を探るという柔軟な姿勢が必要だということです。つまり、憲法9条ありきではなく、あくまでもどうすれば戦争ではなく平和を守れるかということです。

 実際、長い間、中立の平和を維持してきたスイスなどは、軍隊を持つことでそれを手に入れてきました。軍隊を持つべきだと言っているのではなく、平和を維持するにはどうしたらよいかという発想で物事を見る必要があると申し上げているのです。

 わたしは長年ビジネスの世界で生きてきましたので、どうしても現実に可能な手段を考えます。特に最近の国際情勢は、今までの常識を超えて、民族間、宗教間、その他、覇権などをめぐり、予想し得ないような動きが起きています。このような厳しい世界情勢の中で、真に日本の平和を守るにはどうしたらよいかを広い視野の中で考える時だと思います。

「内向き」から「外向き」に

――今後の教会のあり方についてご提言を。                        

三谷 今から20年ほど前に退職し、その後、多くの教団、教会、神学校などを訪問、インターナショナルVIPクラブ、「エリヤ会」(宣教師、牧師、ビジネスマンの三者で日本宣教のあり方を追求)の活動を通して多くの人に接しました。日本のキリスト教界がビジネス的な言い方をしますと、大変な危機的状況になってきていると感じました。例外的ではありますが、一部の教会は牧師の優れたリーダーシップで成長しています。多くの学ぶ点があります。

 しかし、総合的に見ますと、クリスチャン人口の減少、高齢化、牧師志望者の減少など、これらの傾向に加速がつきつつあるように感じています。このままだと10年、20年先はどうなるのだろうかと危惧しております。

 一方で、わたしたちを取り巻く社会は速いスピードで変わっています。そのような中で社会の変化から取り残されてきているのが教会だと感じています。

 現在の教会はあまりにも「内向き」すぎです。伝道の使命を果たすためには「外向き」に変わる必要があると思います。「外向き」とは、未信者の人たちの社会に、わたしたちが入っていくことです。

 パウロは宣教の姿勢として、自ら進んで「すべての人の奴隷になりました」「福音のためなら、わたしはどんなことでもします」(一コリント9・19~23)と述べています。また、明治維新で「内向き」の攘夷論を「外向き」の開国論に向けたのは、吉田松陰の松下村塾の教育からでした。

 このような「内向き」の日本のキリスト教界の現状が、今こそ変革されていかなければと思っています。

――ありがとうございました。(聞き手 友川恵多)

 みたに・やすと 1929年広島県に生まれ。1952年、慶応義塾大学卒業後、鐘紡(株)入社。33歳で受洗。カネボウ薬品(株)社長、1鐘紡(株)専務取締役を歴任。インターナショナルVIPクラブ設立者の市村和夫氏と出会い、ビジネスマン伝道に従事。現在、同クラブ顧問、「日本を愛するキリスト者の会」会長、新島学園客員教授。著書に『逆転人生』『ビジネスと人生と聖書』(いずれもいのちのことば社)。2013年、日本福音功労賞受賞。

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