「命の最終的価値判断は神に」 ルーテル学院大・江藤直純学長が調布市民講座 2016年10月15日

「命の始まりと終わり、人間の責任」をテーマに、ルーテル学院大学(東京都三鷹市)の江藤直純学長=写真=が9月6日と23日、調布市文化会館たづくり(東京都調布市)で一般市民向けの講義を行った。調布市文化・コミュニティ振興財団が主催する「ちょうふ市内・近隣大学講座」の一環。6日は約20人、23日は約50人が参加した。

 6日のテーマは「命の始まりへの介入――治療・診断・選別」。不妊治療や出生前診断が一般化してきた現在、その成果とそれに伴う命の選別について多面的な視座で考察した。

 江藤氏はまず7月に神奈川県相模原市で起こった「津久井やまゆり園」事件を例に挙げ、「存在してよい命」と「存在しない方がよい命」という価値判断をこの社会が隠れ持っていないかと発言。このような優生思想は、ダーウィンの進化論を生物学に留まらせず社会にまで拡げた「社会的ダーウィン主義」と言えると述べ、ナチス・ドイツが障がい者抹殺を行った背景にもこの優勢思想があったと述べた。

 次に不妊治療や出生前診断の発達により、生きることの選択肢が「誕生前」から「死」にまで広がったと指摘。それは、過去に選択可能だったことが中絶のみだったのに対し、現在は「誰の精子」「誰の卵子」「誰の子宮」にまで選択肢が広がったこと、また出生前には子どもの性別も五体満足か否かも分からなかったのに対し、現在はすべてが分かることだと解説。その診察を「エコー」と呼ぶため出生前診断の認識につながりにくいと述べた。

 2015年のエコー調査を例に挙げ、2万3千656件の検査結果で陽性と診断された399人のうち、53人が胎内で死亡。残りの329人のうち、270人が中絶を試み、妊娠続行したのはわずか6人だったという結果を踏まえ、「この数字の意味」を考える必要を訴えた。

 中絶を選択した270人の中にはすでに障がいのある子どもをもっており、2人は育てられないと苦渋の決断をした例もあると述べた上で、『喜びのいのち――出生前診断をめぐって』(全国キリスト教障害者団体協議会編、新教出版社、2000年)に収録されている、臨床心理士で障がいのある子どもを育てた玉井眞理子氏の「てのひらのなかの命」という文章を素材として考察した。

 文中から、ダウン症の子どもの親1200人ほどを対象にした玉井氏の調査の結果を紹介。8~9割の人が「大変なことがないわけではないけれど、この子がいて良かった」と回答したことや、「障害をもっていることが不幸なのではなく、障害をもっていることが不幸だとしか思ってもらえないことが不幸だ」という玉井氏の言葉を引用した。

 江藤氏は社会が陥りがちな「障がい者=不幸」という思考と現実の違いを指摘した上で、1割ほどの人が「この子がいて良かった」と思えていないという事実も見過ごしてはならないと述べた。

 同氏はまた、エコーの結果妊娠の続行は自己決定とされているが、一体何を判断材料として決定を下したらよいのかと問い掛けた。その自己決定の難しさの要因に、障がいをもった子どもを産んでも社会で育てる基盤がなく親にすべての責任を帰すことや、親が亡くなった後、社会に子どもを託せないことがあるとし、「当事者だけが担わなければならないということはない」というメッセージが社会に定着しなくては出産を選択することは難しいと強調。社会に受け皿がないため仕方なく中絶を選択することもあるのに、「命が大切」など綺麗ごとを言うわけにはいかないと、現代社会の問題点を指摘した。

 現代社会は「何ができるか」が評価の物差しとされる競争社会だが、「Doing」だけではなく「Being=存在」という物差しがあってもいいのでは、と提言。現代社会が障がいのある人を受け入れるよりも、出生前診断開発の方が低コストであるが故に、後者を推進している現状を非難。社会の視点に「得るものと失うもの」を入れなければならないと訴えた。

 終了後、受講者からキリスト者としての考えを問われると、「神がつくったものだから、命の最終的価値判断は神にある。我々は神に愛されつくられたものだから、お互いに他者のランク付けをするわけにはいかない」と回答した。

 23日の講座は「命の終わりへの介入の可能性と人間の責任――延命治療、死の受容」がテーマ。

 講義ではこの40年の間に広まった命に関する語彙を挙げ、その中から「安楽死」「尊厳死」などについて解説。また死生観として自分の命の理解、文化的・宗教的死の理解について考察を展開した。

 同講座は市民に専門的な学習機会を提供し、地域の文化向上を図ることを目的に1998年に開講された。白百合女子大学や電気通信大学など調布市内と近隣にある大学計13校が参加し、今年度で19年目を迎えた。ルーテル学院大学の参加は今回で2回目となる。

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