互いに祈り、祈られて 死生学と教会――より良く生きるために 「教会と地域福祉」第4回シンポ 2015年10月17日

 教会と地域の連携を図り、キリスト教福祉の再興を模索する「教会と地域福祉」フォーラム21の第4回シンポジウムが9月19日、日基教団霊南坂教会(東京都港区)で開かれた。

 これまで高齢者福祉、児童福祉、精神保健福祉をテーマとしてきた同フォーラムだが、今回は「死生学と教会――より良く生きるために」との主題を掲げ、立教女学院理事長で同短期大学学長の若林一美氏が基調講演。木村利人(早稲田大学名誉教授)、江藤直純(ルーテル学院大学学長)、篠原基章(東京基督教大学助教)の各氏が登壇した。参加した牧師、信徒ら約70人が、より良い生と死を見出すために教会が貢献できることについて語り合った(キリスト新聞社、東京基督教大学共立基督教研究所共催)。

〝死は始まりの時〟共有

 1970年代半ばから、末期の状態にある患者やその家族、遺族の話を聞く活動をしてきた若林氏は、88年に愛する子どもを亡くした親の会「ちいさな風の会」を立ち上げた。当時はまだ死がタブー視され、公で語ることがはばかられる時代であり、遺族が心情を吐露する機会や場所も限られていた。互いの悲しみや痛みを分かち合う中で、再び立ち上がることができた人々を目の当たりにする中で、「死は始まりの時」だと実感したという。

 その上で、「死別を体験した方が教会で、『耐えられない試練はない』『いつまでも悲しんでいると故人が気の毒』といった〝慰め〟を受けることがある。自身の心情を表すより前に聖書の言葉や神さまが出てくることによって、『この人は悲しんでいるわたしと、人として向き合うことを避けている』と思わせてしまうのではないか」と提起した。

 「ちいさな風の会」に参加したある遺族は、「ここに来ると、誰も『元気になりなさい』とは言わないので、かえって元気になれたのかもしれない」と語っていた。「悲しみはその人の人生そのものであって、たとえ同じ体験であっても比べられるものではない」

 米ニューヨークの病院で、がん患者の妻が性生活について話すことに違和感を覚えたが、「死にそうな人もごく普通の人間です」というスタッフの言葉から、病気を患う人にも生身の一個人として接することの重要さを教えられたとし、英ヨークシャーの高齢者施設で亡くなったある女性が、「わたしのことをもっとよく見てほしかった」と書き残したメモの文面も紹介した。

 「わたしたちは外見からしか見ることができないが、信仰とつながる人々の中には目では見えないものが世の中にあることを感じる方が多い。力にもお金にもならないが、最終的に人は人の心の中で生きていくことができる」と結んだ。

 基調講演を受け、3人の登壇者が発言。生命倫理を専門とする木村氏は、「死生学が、より良く生きるための学問として日本で展開されてきたことは大事」と評価し、「人は誰もが必ず死ぬが、自分がいつ、どのように死ぬかを知る人は少ない。より良い生き方という概念も人によってさまざま。だからこそ対話が必要」と指摘。

 教会の可能性について、アメリカでの体験を踏まえ「互いに祈り、祈られることが力になる。祈りの共同体として、死を忌避することなく、命や平和の問題について勉強会をするなど、小さな取り組みを始めることが活性化につながるのではないか」と呼びかけた。

 江藤氏は、「ちまたの実践死生学」として、東日本大震災の被災者を支援する仏教者たちの取り組みを紹介。「教会は『寄り添う』奉仕を強調してきたが、不条理な死を嘆く声に耳を傾けつつ、自らの信じる宗教の光に照らし、慰めや希望、約束を語ることも必要ではないか」と問いかけた。

 また具体的な提案として、すでに多くの結婚式がキリスト教式で行われているように、葬儀にも積極的に関わることによって、「死は終わりではない」というキリスト教の死生観を広めることに貢献できるのではないかと語った。

 篠原氏は、宣教学を専門とする立場から、これまでの教会が自身の役割について過小評価してはいないかとし、オランダの宗教学者、ヘンドリック・クレーマーの手紙から、「教会生活と日常生活とが分離しているが、これは大きな誤解だ。教会は日常生活のただ中にあってこそ生きていくべきものなのだ」との一文を引用。地域に遣わされた教会としての役割、教会と地域との関わりについて神学的・実践的な学びを神学教育に加えていく必要性を訴えた。

 午後には、講師や登壇者を交えて「死生学と教会」「生命倫理と教会」「宣教論と教会」の三グループに分かれて意見を交わした。「ちいさな風の会」のメンバーも参加し、信徒ではない立場から「守秘義務が守られ、何でも言える場があって救われた」「義理の母が亡くなり、本人の希望で献体したが、手を合わせる対象が何もないと遺族にとっては不安。娘の通っている教会へ行ったら名前を呼んで祈っていただき、心が安らいだ」などと打ち明けた。

 コーディネーターの稲垣久和氏(東京基督教大学大学院教授)は、安保関連法案が成立したことにも言及し、「教会が果たすべき社会的責任は、まだ多く残されている」と述べた。

(写真)ディスカッションする(左から)稲垣、若林、江藤、篠原の各氏

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