平和のための宗教者の使命とは カトリック司教協議会諸宗教部門がシンポ 2015年11月7日

 「宗教者こそ平和の意味や尊さについて人々に伝え、平和のためにできることを考える使命がある」との考えから、日本カトリック司教協議会諸宗教部門(岡田武夫責任司教)は9月26日、「平和のための宗教者の使命」と題するシンポジウムを、さいたま市のカトリック大宮教会で開催した。
 神道から薗田稔(京都大学名誉教授)、大本から斉藤泰(大本教学研鑽所主幹)、天台宗から杉谷義純(世界宗教者平和会議日本委員会理事長、天台宗宗機顧問会会長)、カトリックからマリア・デ・ジョルジ(マリア布教修道女会会員、真命山諸宗教対話・霊性交流センター副院長)の各氏が発題した=写真。

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 28年前から諸宗教対話と平和を促進する活動に携わっているというマリア・デ・ジョルジ氏は、「すべての人々に課された平和建設の使命――キリスト教の観点から」と題して発題。「平和のための宗教者の使命」というシンポジウムのテーマが、「平和が、個人と集団の責任であって、人々の柔和な心、和解の心の内から沸き出さなければ築くことができないものであることを指摘している」と述べ、「心の平和」と「世界の平和」について話した。

 山上の垂訓でイエスが、平和を実現する人を幸いだと述べているだけでなく、その人を「神の子」と呼んでいるのは、「神の子」であることを知ることで人間が互いに兄弟姉妹として相手を受け入れ、天の唯一の父を認め受け入れることを意味するからだと指摘。キリスト者の兄弟は、人間相互の平等性にとどまらず、愛に満ち溢れていなければならないと述べた。

 同時に、人間には社会性があり、平和を築くのは個人だけでなく社会全体の義務でもあると主張。経済的・政治的野望、領地争い、生活必需品の独占など、文明紛争によって諸国民の間の平和は脅かされているとし、「全人類の遺産である諸民族の文化、宗教を排除することなく、互いに他を圧迫するという誘惑に負けないためには、対話によって相互の違いや異なる様相を積極的に理解し、対立ではなく共同して成長し、平和建設に寄与できるように対話の精神を育成することが緊急な任務」だと訴えた。

 その上で、アウグスティヌスの人間学はすべての時代に通用する道であるとし、現代の文明の衝突に対する挑戦は、全人類が共に神の正義と秩序に従って愛と奉仕の礎の上に神の国を建設することだと主張。

 「平和は単に戦争がないことではない。また、平和は永遠的に獲得されるものではなく、絶えず建設されるべきものである」とし、「相互理解、宗教と良心の自由、対話と協力の教育による平和建設が、なお一層急がれる」と述べた。

 また、紛争の原因が宗教にあると言われることについて、「大きな誤り」だと述べ、現在起きている紛争の原因が、形を変えた多くの原理主義思想によるものであると指摘。「真の平和は、人間を究極の目標に導く本当の価値を持つ宗教によらない限り実現しない」と強調した。

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 第2部の質疑応答では、安全保障法制に対するそれぞれの考え方が問われた。

 薗田氏は、憲法が「改正」されても9条の「戦争放棄」は守っていかなければならないと強調。神道界では憲法改正に賛成の方向に傾いているとしつつも、そのポイントは9条をないがしろにするものではなく、「伝統文化を保持する人間として、憲法の基本的な理念の中で、日本の伝統文化を考慮した条文に改正していく」ことが必要だと主張。「憲法そのものを宗教的な意味で聖なるものとして無条件で保持することには距離を置く」と述べた。

 斉藤氏は、安保法制に関して多くの老若男女が違和感と不安を覚え、声なき声を表出したことについて、「転換点として大きな意味がある」と述べた。「こうした宗教間対話を通して、心に働きかける宗教者の立場として、まだ気付いていない人たち、今回初めて声を上げた人たちに、わたしたちの思いを伝えることが必要になってくる」

 杉谷氏は、国会前のデモに駆けつけた人たちの「直感」が大事だと述べ、それを宗教者や政治家が受け止めるべきだと主張。「日本が今までいろいろな間違いを犯したことは、『直感』を無視してきたことではないか」と問うた。

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