戦後70年企画連続インタビュー■9■ 柴田智悦氏(日本同盟基督教団「教会と国家」委員長) 社会的責任果たしつつ伝道を 2015年12月5日 

 本紙創刊から7年目の1953年に掲げられた本紙標語「平和憲法を護れ」「再軍備絶対反対」は、その後も変わることなく題字と共に掲載されてきた。戦後の安全保障をめぐり大きな転換点を迎えた70年目の日本。この国と教会の行方を識者に問いつつ、キリスト教ジャーナリズムのあり方を読者と共に模索する。9回目は、日本同盟基督教団「教会と国家」委員長として、伝道と社会的活動の両立を目指す柴田智悦氏。

――戦後70年を振り返って思うことは?

柴田 わたしは1962年生まれなので戦争の思い出はありませんが、89年に昭和天皇が死去した時の自粛ムードに異様さを感じ、少し戦争というものを意識したところがあります。

 その後、92年から仕事で6年間、香港にいましたが、尖閣諸島問題が起こると毎晩のように日本に反対する集会が行われていました。しかし日本ではあまりニュースになっておらず、温度差を感じていました。

 95年の阪神・淡路大震災を機に献身に導かれ、3年後に東京基督神学校(現・東京基督教大学)に入学しました。授業の中で学んだ「ローザンヌ誓約」には、伝道と社会的責任の二つが宣教において大事だと書かれています。しかも社会的責任とは社会的政治的参与だと言われており、社会に関わる働きがクリスチャンとして生きていく上で大事なのだと思わされました。

 横浜上野町教会のわたしの前任の結城晋次牧師は韓国に行き、朱基徹(チュ・キチョル)牧師という殉教者の映画「恵みの高き嶺」を日本に輸入して上映して回ったことがあります。わたしが牧師になった後、赤羽聖書教会の野寺博文牧師からの誘いを受けて、朱牧師を記念してその殉教信仰や日本の近代史を学ぶ勉強会を毎月行い、年に一度息子さんの朱光朝(チュ・クワンジョウ)長老をお呼びして証言集会を開いてきました。

 その話を聞く中で、日本が韓国に対して何をしてきたか、韓国のクリスチャンたちがどうやって抵抗していったかを知りました。殉教した方もたくさんいらっしゃいます。逆に日本の教会は神社参拝をしていたわけですから、どうしてそんなに違うのかといつも疑問に思っていました。

 韓国と日本のキリスト教は同じような歴史をたどっているのに大きなギャップがあります。韓国でキリスト教が盛んなのは、神社参拝に反対する殉教者がいたという歴史が非常に大きいのではないかと思います。

今こそ実のある悔い改めを

 先日教会に初めて来た方が、「アベ政治を許さない」というポスターが貼ってあるのを見て、「門を狭めていないか」と心配されましたが、立場を明確にしていきたいと思っています。戦争に抵抗できなかった日本の教会の歴史をいつも覚えていなければいけません。

 戦後日本の教会がすべて悔い改めたかというと、そうでもない。戦後50年でいろいろなところから悔い改めの宣言が出されましたが、それまでは出てきませんでしたから、直接戦争に関わっていながら悔い改めなかった人もいたわけです。まだそれから20年しか経っていないわけで、その悔い改めを実のあるものにしていかないといけない。

 「ローザンヌ誓約」は74年に出されていますが、それから40年も経ちます。これは福音派の教会が採用した声明ですが、日本の福音派が40年間この通り歩んできたかというとどうもそうでもない。日本の教会、特に福音派は伝道にばかり集中して社会的責任をおろそかにしている面があるのではないかと思います。そういう中で、わたしは社会的責任を果たしながら伝道をしっかりしていきたいと思っています。

――本紙の標語「平和憲法を護れ」「再軍備絶対反対」について。

柴田 はっきりした立場でよいと思います。先日「信州夏期宣教講座」で、富田満について発表する機会がありました。その中で触れましたが、安藤肇牧師の『深き淵より』のあとがきに、富田満が賀川豊彦を通して、標語をはずせと言ってきたことが書かれています。アメリカからの2千万円の補助金をキリスト新聞のために使えると言った。それを武藤富男が「金でころぶような感じがする」と言って断ったとあります。非常に立派だと思います。

 憲法、特に9条はアジアに対する明確な謝罪表明だと思うのです。憲法が押し付けられたものだと言う人がいますが、仮に与えられたものであったとしても、守り通さないといけません。9条で大事なのは第二項です。「戦力不保持」と「交戦権の否認」ですから。一項だけだったら戦争ができてしまうわけですから、「再軍備反対」は大事なことだと思います。

――今後の教会のあり方についてご提言を。

柴田 社会的なことにすべての教会が共有して対峙できるような神学を打ち立てていくことが必要だと思います。あとはやはり教会が伝道と社会的責任を自覚して、社会、国家に携わっていく。教会と国家がぶつかるのは仕方ないことですから、それを覚悟で対処していきたいと思います。

 次の世代にこのような意識をつなげていきたいと思うのですが、同時に助けてあげないといけない面がある。たとえばわたしの子どもたちが学校で、卒業式の「君が代」斉唱や、七夕やハロウィンなどの行事を、自分から「やりません」と言える場合があります。そういう場合はいいのですが、小さいうちは、言えたとしても、親や教会が学校に進言して子どもを支えてあげないといけない。そうやって教会としての立場を世間に明らかにしていく必要があるのではないかと思います。

 教会はこの世と無関係に生きられません。この世の中で生きていく限りは一般の方々とも関わりを持たざるを得ませんので、協力できるところは協力していく。そういう中でクリスチャンとして証しがなされればよいと考えています。

――ありがとうございました。(聞き手 富張唯)

 しばた・ちえつ 1962年千葉県生まれ。2回の転職を経て、玩具メーカー社員として香港に6年間駐在。帰国後、東京基督神学校に学ぶ。2001年より日本同盟基督教団横浜上野町教会に赴任、現在に至る。同教団「教会と国家」委員会委員長。日本福音同盟(JEA)社会委員会委員長。「本牧・山手9条の会」、「黙ってはいられない!戦争法廃止を求める宗教者の会」などの活動にも携わっている。

 

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