映画の中のキリスト教 イエスのいないキリスト列伝(1) 服部弘一郎(映画批評家) 2016年1月23日

 西洋美術も世界情勢も、キリスト教的な背景が分かれば、より一層深く理解することができる。映画もまた然り。「ミニストリー」誌で「名画を読む」を連載した映画批評家の服部弘一郎さんに、映画の中に込められた聖書のメッセージを読み解いてもらう。まずは、イエスは登場しないものの、その思想や生き様を反映した「イエスのいないキリスト列伝」。次週より3面で連載。

悪徳の町を裁く孤高のガンマン『続・荒野の用心棒』

 60年代から70年代にかけて、イタリアやスペインで量産されたマカロニ・ウェスタン。その中でも傑作のひとつとされるのが、セルジオ・コルブッチ監督の『続・荒野の用心棒』だ。クリント・イーストウッド主演の大ヒット作『荒野の用心棒』(1965)にあやかった邦題だが、内容はまるで無関係。だが本作の主人公ジャンゴの名はマカロニ・ウェスタンの代名詞となり、その後何本もの「ジャンゴ映画」が作られることになった。

 アメリカで最初に作られた西部劇は、1903年に製作された『大列車強盗』だ。これが大ヒットすると、次から次に西部劇映画が作られるようになった。製作者たちは西部劇の撮影に最適な場所をアメリカ中で探し回り、ロサンゼルス郊外のハリウッドにたどり着いた。

 ハリウッドは一年中晴れの日が多くて屋外ロケに適し、撮影所から少し離れれば西部劇そのままの雄大な自然が広がっていた。スタジオの周囲は農村地帯で、馬や牛などの家畜に加え、馬を巧みに乗りこなすカウボーイたちの手配も造作がない。こうして栄えたハリウッド製の西部劇は、1950年代までが黄金時代。だがその後は急速に廃れ、入れ違いにマカロニ・ウェスタンが現れた。

 マカロニ・ウェスタンは、それまでのハリウッド製西部劇の定型をぶち壊すことで観客を喜ばせた。アメリカ映画ではタブーの性描写を取り込んだ。西部劇特有の詩情やリアリズムを離れ、奇想天外なアイデアの面白さを競った。直接的で凄惨な暴力描写で、観客にショックを与えた。要するに、エロ、グロ、バイオレンスなのだ。『続・荒野の用心棒』でも、この三要素がしっかり盛り込まれている。

 物語の舞台は泥水でぬかるんだ小さな町。主人公は一匹狼のアウトローで、ならず者たちと親しく、強盗や人殺しも厭わない。しかもマシンガンを使って、敵をバタバタと倒してしまう。ヒロインはアメリカ人とメキシコ人の血を引く娼婦。映画の中に正義はない。欲にまみれ、血に飢えた悪党たちが、敵意をむき出しにして欲得ずくの殺し合いをしている。

 映画に登場するジャクソン少佐の一味は南軍兵士の残党で、首から上をすっぽり覆う頭巾で顔を隠し、十字架を燃やして振り回しながらメキシコ人を虐殺する。これは明らかに、アメリカの人種差別団体KKKがモデルだ。史実でも南北戦争直後のこの時期は、KKKの活動も過熱化しているのだ。

 この映画が製作されたのは、アメリカで公民権運動が盛り上がり、人種対立が激しくなっている時代でもあった。映画『ミシシッピー・バーニング』(1988)のモデルになった公民権運動家の殺害事件は1964年の出来事。この映画はそんな世相をリアルタイムに反映している。

荒野に降り立つキリスト

 だがこの映画には、わからないことがいくつかある。まず主人公ジャンゴの素性だ。彼は悪がはびこる世界にひとりやって来て、悪人たちを滅ぼし尽くしてしまう。彼が最初に酒場で食事をするシーンで、音楽がグレゴリオ聖歌「怒りの日」に似たメロディを奏でていることが手掛かりになるだろうか。ジャンゴには、終末の日に世を裁くキリストの姿が重ねられている。彼は悪人たちの友であり、大酒飲みの大食漢。そして彼が助けるのは、悔悛した娼婦マリアだ。彼の両手の傷は、キリストが十字架で受けた聖痕。彼は墓場での決闘に勝利して復活する。だがその手に銃が握られることは、二度とない。

 映画の中に幾度か登場する沼地の吊り橋も、渡るとどこにたどり着くのか不明だ。酒場があるのはアメリカ領で、隣接しているのはメキシコ領。だが吊り橋は、そのどちらでもない場所に通じているという。だとすれは、それはこの地上の世界ではないどこか別の場所だ。そこで人は争いから離れ、安楽に暮らすことができるらしい。しかしそこには、この世界の富を持ち込むことができないようだ。

 ジャンゴはすべての戦いが終わった後、マリアとともにあの橋を渡っただろうか?

【あらすじ】
 メキシコ国境に近い小さな町に、棺桶を引きずりながらひとりのガンマンがやって来る。彼の名はジャンゴ。町はアメリカ人のジャクソン少佐に牛耳られているが、少佐はメキシコ人のウーゴ将軍と抗争中だ。その双方から拷問を受けていた娼婦マリアを助けたジャンゴは、町の酒場に乗り込むとジャクソンを挑発して彼の部下を射殺する。翌日、数十人の手下を連れたジャクソンが町に戻ってくる。だがジャンゴは棺桶の中から機関銃を取りだすと、あっという間にジャクソン一派を返り討ちにしてしまった。この知らせを聞いて、意気揚々とウーゴ将軍が町にやって来る。ジャンゴはウーゴ将軍に、チャリバ砦にある黄金の強奪計画を持ちかけた。ふたりは旧知の仲だったのだ。黄金強奪計画は見事に成功し、ウーゴとジャンゴの目の前には黄金が山のように積まれる。だがウーゴは約束していた分け前をジャンゴに渡すのを拒否し、自分の副官になるよう持ちかけるのだった……。

【作品情報】
監督:セルジオ・コルブッチ
出演:フランコ・ネロ、エドアルド・ファヤルド、ロレダーナ・ヌシアク
ホセ・ボダロ
音楽:ルイス・バカロフ
製作国:イタリア/スペイン
製作年:1966年

はっとり・こういちろう 
1966年東京生まれ。グラフィックデザイナーやコピーライターを経て、97年から映画批評家として活動。95年ごろに映画評のホームページ「映画瓦版」を開設。 著書に『シネマの宗教美学』(フィルムアート社)など。

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