【映画評】 『最愛の子』 親子愛に見る現代中国の矛盾 ピーター・チャン監督最新作 2016年1月30日

 年間20万人の子どもが行方不明になる今日の中国。映画『最愛の子』は、横行する児童誘拐の実話が基になっている。主な舞台となる急激に都市化した深?は、中国の社会矛盾が結晶化したような街だ。経済発展と一人っ子政策の生む軋みと叫び。

 香港映画を牽引し続ける監督ピーター・チャンの眼に映った混沌の深?と錯綜する親子愛、これだけでも物語の厚みは保証済み。しかも本作で九龍から深?を見とおす彼の視座は、作品の中盤以降、一気に現代中国の全貌を眼下へ収めていく。

 本作には、実は多言語作品という側面がある。主人公である2組の夫婦は各々陜西なまりと安徽なまり、深センにおける市井の人々は広東語を話し、さらわれる子どもは教育方針から当初は普通話で躾けられ、3年の行方不明の後には安徽方言を話すようになっている。ここには前作『捜査官X』を四川語で撮ったピーター・チャン監督のしたたかな対中国本土市場戦略と、中国内世界を向こうに回した強い表現意思が感じられる。

 広東語をベースとする香港の文化発信力が、冷戦崩壊まで中国全土を凌いだことを記憶する者は多いだろう。北京や四川、台湾やアメリカを舞台とした過去作にあってさえ、香港映画の文脈に自覚的な表現者であり続けた監督が本作に込めたもの、それは生き惑う個としての親と子の物語のみに留まらない。

 映画本編では、大量の電線が互いに絡まり合う様が幾度も映し出される。それは中国経済の濁流に巻き込まれ、何を選べばどこへ繋がるのか不明瞭な現状に対する香港の人々の、ひいては現代の人々が総じて抱える不安そのものの象徴だ。

 監督は本紙のインタビューで、近年関心の主軸が善悪の問題に遷移したことを明かしたが、この意味でも『最愛の子』は、誘拐者側の農村夫婦を突き放さない目線により尋常でない深さへ到達した、類稀な傑作と言えるだろう。(ライター 藤本徹)

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