ジャーナリズムの本質探る 神父の性的虐待を追う米紙調査報道 映画『スポットライト 世紀のスクープ』 2016年3月26日

 2002年以降、全世界的な注目を浴びたカトリック教会の性的虐待事件をテーマとする映画『スポットライト 世紀のスクープ』がこの4月に公開される。「被害者の声がバチカンにも届くことを期待している」とプロデューサーらが語る話題の新作を特集する。

 ことの発端はボストン・グローブ紙の新任編集局長が着目した、一人の神父をめぐる性的虐待疑惑だった。しかしこの疑惑について調査を進めるうち、記者らはボストンだけで十数人の神父が児童虐待に関与する事実を知る。そこからより綿密な調査と分析を重ねた結果、教会幹部による隠蔽工作の痕跡が次々と明らかになり、疑惑の対象となる神父の数は87人にまで膨れ上がる。

 グローブ紙はカトリック神父による性的虐待をめぐる記事を600本掲載し、疑惑の嵐は燎原の火のごとく全米へ、そして全世界へと波及した。事態はローマ教皇ベネディクト16世の退位要求デモにまで発展し、2014年の時点でアメリカ国内だけでも6千人を超える神父が起訴され、虐待の被害者側にカトリック教会が支払った賠償金は10億ドルを超えるに至った。

 こうして世界的な大スキャンダルへと発展したこの事件そのものを記憶する者は日本でも多いだろう。このため「なぜいまさら」と思われる向きもあろうが、本作『スポットライト 世紀のスクープ』の特徴は、長年にわたる虐待と隠蔽の実態が明るみに出る過程を詳細に描いた点にある。子どもは親が正しいとする聖職者の要求を断れない。心の傷を抱えたまま大人になった被害者を、彼らの弁護人は「むしろ良いほうだ」とさえ形容する。なぜなら大人になる前に自殺してしまう被害者も少なくないからだ。

 映画に描かれる調査チームの記者たちはいずれも、カトリック教会の醸す空気に包まれた地元ボストンを愛している。そして、調べれば調べるほど際限なく奥行きを増していく闇の深さを前にして、憤りを露わにすることなく衝撃を静かに受け止める。この繊細で濃密な描写こそ本作の白眉と言える。

 購読者の53%がカトリックというボストン・グローブ紙にとって、教会暗部の糾弾は非常なリスクを伴う冒険だった。ここで調査開始を指示した新任編集局長がユダヤ人であり、最初の協力者となった被害者側の弁護士がアルメニア人(アルメニア正教徒)であったことは特筆されて良いだろう。このスクープが生まれるまでには、こうして鍵となる人物がしがらみの薄い非カトリックであったことや、記者チームの構成バランスが強靭な推進力を生んだことなど、いくつもの偶然の連鎖が作用した。

真相に肉薄する記者の横顔丁寧に

 カトリック教会の影響力が政治家や地元有力者、法的システムにまで深く食い込んだ地元社会においては、真実はしばしば教会の権威にひれ伏してしまう。その力は他者からの圧迫によってではなく、まず信者個人の内面において起動する。組織的隠蔽が首謀者たちの悪意によるものというよりは、むしろ人々に望まれた善意により事実が隠されていくところに病巣の根深さはある。

 「うちの神父にかぎってそんな過ちを犯すはずがない」「あの人がそう言うのだから、きっとそれが正しいのだ」といった盲信と錯誤の連なりがコミュニティを覆う事態は、言うまでもなくカトリック教会だけに起こるものではない。

 映画『スポットライト 世紀のスクープ』は、このように実際の事件をめぐり実在する関連人物たちに入念な取材を重ね、安直なヒロイズムや扇情的ヒューマニズムに陥ることなく、真相へと肉迫する記者たちの横顔を丁寧に描き出していく。記者役のマーク・ラファロやレイチェル・マクアダムス迫真の演技はまさしく息を呑むようで、彼らの長いキャリアのなかでも最高水準のパフォーマンスを発揮している。

 ちなみに本作のモデルとなった実際のグローブ紙調査報道チームは、このスクープにより2003年度ピューリッツァー賞(公益部門)を獲得した。日本でも公官庁の発表を垂れ流すだけの記者クラブ報道が批判されて久しいが、新聞各紙が日本以上の苦戦を続ける米国においても、報道の質的劣化は常に問題とされてきた。そうした中での本作公開は、専任の記者チームが数カ月をかけ一つの事件を緻密に追う調査報道の意義再考を迫ってくる。ネットを経由したお手軽な情報ばかりが氾濫する今日においてこそ、信念に基づき足で稼ぐことによって生み出される情報の価値が問われている。

 自身がカトリック家庭に育った本作監督トム・マッカーシーに教会バッシングの意図はなく、なぜこのような組織的隠蔽を伴う大罪が行われたのか、その社会構造にこそ焦点を当てたという。冷静で真摯なその姿勢は密度の濃い作品展開へ十全と活かされ、カトリック教会という究極の世界的権威を前にジャーナリズムの本質とは何かを問いかけてくる本作は、本年度の米国アカデミー作品賞および脚本賞に輝いた。(ライター 藤本徹)

 映画『スポットライト 世紀のスクープ』は4月15日、TOHOシネマズ 日劇ほか全国公開(配給:ロングライド)。

Photo by Kerry Hayes©2015 SPOTLIGHT FILM, LLC

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