「お役にたっていますか?」 教会と〝まち〟をつなぐ鼎談 代官山・本多記念教会 2016年6月18日

 東京の「まち」として有名な代官山――日基教団本多記念教会(東京都渋谷区)が「教会は街のお役にたっていますか?」をテーマに、地域の現状や課題、ヴィジョンなどを論じてもらう会「代官山鼎談」を5月22日開催した。この企画は、特に教会外の人々から、地域の現状や課題、ヴィジョンなどを論じてもらい、教会はその現実に対してどのような実践を行うことが可能かを考えることを目指す。同時に、地域(町、街、まち)に建てられた見える姿の教会は、地域の発展にどう寄与するかを明確にしようと企画された。教会内外から約50人が参加した。

地域の課題解決へ向け共に

(左から)伊藤、晄、森田、森山の各氏

 当日は、同教会主任牧師の伊藤大輔氏による歓迎のあいさつに続き、会堂建築委員会委員長の吉瀬嵂子氏が、教会と会堂建築の推移とを紹介した。続いて招かれたゲストパネラーが紹介され、リレートークを行った。

 株式会社御祓川代表取締役の森山奈美氏(日基教団七尾教会員)は、故郷である能登のまちづくりに取り組む一方、全国各地でまちづくりやソーシャルビジネスに取り組む多くのプロジェクトや人材のコーディネート、コンサルティング、全国規模のネットワーク作りを手掛けてきた。

 「物事の見方を変えると味方が増える。まちづくりとは、まち、ひと、店を育てて相互に作用しあうようなネットワークを構築すること。そのためのコーディネーターが現在の日本では求められている」と指摘した上で、「地域の課題の解決手段には哲学と技術と行動が不可欠であり、そのためには地域外の人材の能力を有効に使うことが必要である。地域の人が幸せになるために目的としての自治が必要であり、自分たちの地域の課題を、地域内外との人々と関わって解決していくことが求められている」と述べた。

 NPO法人代官山ひまわり代表理事の森田由紀氏は、「人は代官山の資源。代官山に関わる人たちの生活の向上にはさまざまな課題がある。しかし相互の共感を高め、価値を開いていくことや、さまざまなアイデアと人を組み合わせていくプロジェクトを進めていくこと。そしてオープンな集合知、価値の交換、専門性を持つ外部の力を投入して現在のリソースを活用していくことで、人と〝まち〟の新たな関係を創造していくこと、それは『何かを変える変え方を変えること』が目標である」と語った。

 株式会社プラン・ドゥー・シー社長室秘書の晄豪男氏は、「自分がお客様だったら?」という視点で常に物事を考えていくという基本的な視点を紹介。サービスのマニュアルを作ることは必要なく、すべてお客様のニードと視点に合わせたスペシャルなサービスを提供することが必要だとし、「歴史的な物語には人を動かす力がある。何事かが得意な人と会社をうまく利用する。代官山は当たり前のことを徹底的に追求していく〝まち〟になるのか、新しい価値を創造する〝まち〟になるのか? より重要なことは、N(現在持っている価値)プラス1である。教会が今持っている価値は何であり、その上にさらに何を加えることによって、他ではなく本多記念教会の価値とすることができるのか、を考えていくことが必要なのでは」と提起した。

 地元、代官山商店会会長の矢野恒之氏は、「代官山で商売を営む多くの人のすり減った心や魂の受け皿と教会がなっていただきたいし、そういう人には教会をぜひ勧めたい」と激励した。

 休憩後、「ここがヘンだよ代官山」「代官山の教会に望むこと」の2問でパネルディスカッションが行われた。

 引き続き第2回目の開催を願いつつ、代官山とは「瞬間が永遠になるまち、異空間代官山」というコピーをまとめとして提案し、伊藤氏の祈祷で閉会した。

 閉会後の懇親会には多くの参加者と教会員との交流が図られ、名刺交換や活発な情報交換が行われ、再会を誓いながら散会した。教会内外の人的資源をいかに有効に活用し、交流を深めるのかという課題が浮き彫りになった。

          

〝まち〟の思い共有するだけで
森下滋氏(発起人の一人、東京神学大学修士1年)のコメント

 この企画を考えるきっかけは、「新会堂の献堂式に教会関係者以外の誰かが来てくれるだろうか」という問いである。答えは「否」。代官山の街行く人々には「最近なんだか新しくなったみたいね」「へー、ここ教会なんだ」程度の認知で終わることだろう。日ごろ教会外の方々の出入りが皆無である教会の扉を開けるくらい気持ちの重いことはない。

 教会は本来、礼拝の場であると同時に伝道の拠点である。伝道とは、ターゲットに対しこちらからコンタクトをとり、話をさせてもらうことである。日本文化において「三顧の礼」のような概念はいまだに重要な位置を占めている。特に地方では顕著であろう。

 しかし、伝道の対象に対して頭を下げてお願いしない教会は、お願い事もされない教会へと退化し、もはやコミュニティーのための宗教的サービス(冠婚葬祭や悩み相談など)を行う役割まで手放してしまった。

 居住就労などの生活の場をより良くしようとするあらゆる会議から近所の寄り合いまで、「教会さん」という呼び名ででも一枠いただき、教会の立場を捨てることなく、しかし丁寧に寄与尽力する思いがなければ、いくら伝道集会やコンサートを企画してもすべて単発で終わることは自明である。

 しかし、今回の催しで明らかになったとおり、未来は明るい。〝まち〟に出て、〝まち〟の人と語り、〝まち〟の思いを教会も共有するだけで〝まち〟から教会への道は開ける。(本田記念教会員)

宣教・教会・神学一覧ページへ

宣教・教会・神学の最新記事一覧

TO TOP