生産性では〝命〟計れぬ 「教会と地域福祉」フォーラム21 第6回シンポ 2016年9月24日

 教会と地域の連携を図り、キリスト教福祉の再興を模索する「教会と地域福祉」フォーラム21の第6回シンポジウムが9月10日、日基教団霊南坂教会(東京都港区)で開かれた。「若者の居場所」をテーマとした前回に続き、今回は「今日の貧困と向き合う――宗教者の課題と可能性」と題し、奥田知志(日本バプテスト連盟東八幡キリスト教会牧師、NPO法人「抱樸」理事長)、吉水岳彦(浄土宗光照院副住職、社会慈業委員会「ひとさじの会」事務局長)、藤田孝典(NPO法人「ほっとプラス」代表理事)、稲垣久和(東京基督教大学大学院教授)の各氏が登壇した。今回は仏教者を招いたこともあり、キリスト者以外を含め約80人が集まり、「貧困」の実態と宗教者に課せられた役割について討議した(キリスト新聞社、東京基督教大学共立基督教研究所共催、いのちのことば社出版部、ルーテル学院後援)。

(左から)奥田(中継)、吉水、藤田、稲垣の各氏

 

「み言葉だけでなくパンも」

 ネット中継を介して登壇した奥田氏は、「格差は経済的困窮だけでなく、人間の貧困と社会の分断を生む」と指摘。今年7月、相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で起こった殺傷事件や、80年代に起こったホームレス襲撃事件に触れ、「生産性の有無で命の意味を計る価値観を、社会が植え付けてきた。子どもたちも学校の中で、生産性の高低で評価されている」「その考えがひいては戦争の道へつながる。初めに戦場に行くのは生産性の低い人間。生存権を保障する憲法25条と9条は密接に関係している」と述べた。

 1988年に野宿者支援を始めて以来、命を区分せず、命そのものに意味があることを訴えてきたという同氏。「人はいつか変わる」と信じて支援してきたが、一方で「変われないホームレスは悪いホームレスなのか」という葛藤も抱えてきたと打ち明けた。

 また、貧困とひと口に言っても多種多様な問題が複合的に存在するため、数値化してしまうと絶対的貧困のみに偏り、相対的貧困が見えなくなるという難しさにも言及し、分断を回避するためにも「制度を作るだけでなく、目の前にいるあなたと個別に出会うことを愚直にやるしかない。『最も小さい者の一人』(マタイ25・40)同士が、どう出会うかが教会の課題」と訴えた。

 藤田氏が無宗教の立場から宗教者の意味を問うと、「宗教者を自認する人は神仏に頼り、許してもらえなければ生きられない自己存在であり、人はひとりで生きられないということを白状した人。イスラム国や北朝鮮と同じような『悪』や『弱さ』の内在性を自覚することから始めなければ」と応答。

 吉水氏が「生産性で価値が決まるなら、わたしたち僧侶こそ無産者」と述べると、「人間の『原罪』は善悪を判断してしまうこと。わたしたち宗教者は超越的な存在を前提として、人間を相対化しなければならない」とした上で、「自分教」に陥りかねない教会の課題について、「他者性という認識の枠組みが欠落している。自分を救うために宗教を信じるのは間違いではないが、教会を守るためだけの伝道になっていく。牧師も宗教者であると同時に、対人援助職であるという認識と技術を持たなければ変われない」「『人はパンのみに生きるにあらず』と聖書にあるように、神の言葉だけでなくパンのこともしっかり求めていく必要がある」と提起した。

           

 

「偏見なくすために直接出会う」

 ルーテル学院大学で社会福祉を学び、在学時からホームレス支援の活動に携わってきた藤田氏。代表理事を務める「ほっとプラス」は、埼玉県さいたま市を拠点に、社会福祉士の資格を持つ相談員らが支援付きシェアハウスの提供や生活相談を行っている。

 ホームレス状態を何らかの理由で「仕方がない」と1人でも認めてしまえば、「なし崩し的に潜在的な困窮者にも手を差し伸べることができなくなる」とし、「ホームレスになる人の圧倒的多数がふつうの暮らしをしていた正社員経験者で、病気や事故などの理由で職を失うケースが多い。怠けていた特殊な人々では決してない。自己責任を問う前に社会的な責任を問おうと言い続けてきたが、いまだに本人の問題にされてしまうことが多い」と語った。

 東京・山谷で生まれ育った吉水氏は、幼いころから「あんなふうになりたくなければ、しっかり勉強しなさい」と言われてきた。そうした偏見を取り除き、互いに同じ人間だと教えてくれたのは支援に携わるキリスト者との出会いだったという。

 「これだけ身近にいながら、直接彼らの声を聞くことがなかった」ことに気づき、炊き出しに参加する中で、違和感を覚えてきた彼らにも子ども時代があったという当たり前のことに気づいた。

 また、葬送支援をする中で、路上で亡くなった無名の方々の追悼法要をしながら、「お金があろうとなかろうと人を悼む気持ちに変わりがないことを教えられた」とし、「外でやる分には良いが、うちのお寺ではやってほしくないという檀家さんもいる。偏見をなくすためにも直接出会っていただくことが必要」と述べた。

 稲垣氏は「数だけで言えば全国8千以下の教会に対し、お寺は8万。仏教が盛んになれば、地域福祉ももう少し活性化するのでは」と期待を示しつつ、「教会単独ではなく、さまざまな社会資源を地域でつなげていくマクロな視点も不可欠」と述べた。

 教会への注文として発言を求められると、「お寺もそうだが、家庭的な雰囲気だと敷居が高くなる。一定のカテゴリの人々しか来られない場所になってしまうと、外に開かれていかない」(吉水氏)、「若者層の情報源はほとんどがインターネット。牧師さんはぜひツイッターやフェイスブックで活動を発信してほしい」(藤田氏)とそれぞれ答えた。

 シンポジウムの合間には佐々木炎氏(ホッとスペース中原代表)の司会によるグループワークも行われ、「つながる」「つなげる」「つづける」というキーワードも示された。

 10月1日には、「ボランティア・福祉・教会のこれから」をテーマに、初めて関西(神戸市中央区・賀川記念館)でもシンポジウムが開かれる(午前10時半)。

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