〝説教者は会衆の隣に立つ〟 『説教への道』刊行記念シンポで加藤氏 2016年11月12日

 『説教への道』(日本キリスト教団出版局)の刊行を記念するシンポジウムが10月15日、教文館(東京都中央区)で開催され、牧師ら約50人が集った=写真。

 第一部では、平野克己(日基教団代田教会牧師)、本城仰太(同松本東教会牧師)、後宮敬爾(同霊南坂教会牧師)の3氏が登壇し、本書への応答を行った。

 平野氏は、著者である加藤常昭氏が説教を「救いの出来事」として捉えてきたことに注目し、それが日本の教会に流布する「聖書を解説する説教」「道徳を勧める説教」という説教理解と大きく異なり、「説教は救いを呼び起こす『サクラメンタル(聖礼典的)』なものと位置づけられる」と説いた。

 本城氏は、説教者の手元にある日本語訳聖書が説教原稿となり、語られ、会衆の心に刻まれたメッセージとなるまでの7段階の手順を説明。地方教会で働く説教者たちの勉強会で、本書が用いられていくことへの希望を語った。

 後宮氏は、かつて若い日に加藤氏の説教学への反発があり、「自分は別のアプローチで説教を学んでいこう」と考えていたこと、しかし本書を読み、「説教者として生きてきた自分の思いがここに記されていると感じた」と語った。

 第二部では、加藤氏を加えて討議。説教内の「例話」について、聴き終えた後、例話のみが心に残ってしまう場合があるとの問題提起を受け、加藤氏が応答。ヨハネによる福音書15章の説教を準備する際、自分の会衆は「主イエスはまことのぶどうの木」という福音をどう聴くか、一人ひとりの顔と生活を思い浮かべつつ具体的に想像していく。そのように、会衆にこのみ言葉が届いたら「どうなるか」を黙想していくことによって、み言葉が大きく広がっていく。その意味で自分の仕える教会それ自体、そして説教者自身が例話となる、と述べた。

 また、「説教者は会衆を説得するために語るのではなく、むしろ会衆の隣に、会衆と並んで立っている。そして説教の第一の聴き手である神に向けて語るのである」と指摘した。

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