日本キリスト教婦人矯風会創立130周年 〝人権・福祉事業を柱に実情に即して提言する〟 2016年12月3日

 「女性と子どもが安心して生きられる社会の実現」に向けて、女性人権事業と女性福祉事業を展開している日本キリスト教婦人矯風会(東京都新宿区)。1886年に創立され、12月6日に130周年を迎える。正会員683人、賛助会員490人。任意団体として全国に60のグループと13の部会がある。同会がこれまで日本社会で果たしてきた役割と、今後の活動方針について、理事長の川野安子氏に話を聞いた。

――矯風会に入会してからの具体的な取り組みを教えてください。

 父方の祖母も母方の祖母も矯風会員、母も矯風会の活動に熱心でした。わたしは結婚後、1964年に登戸グループに入りました。

 会員になってからは、法律部(現・法制度を考える会)に携わり、民法改正の請願に取り組んでいます。婚外子の相続差別の撤廃や、女性の再婚禁止期間を離婚後6カ月から100日に短縮することなど、少しずつ実現してきています。戸籍法や民法の改正を求めて、矯風会独自の請願署名を国会に提出する活動を継続しています。

 もう一つは死刑制度廃止です。戦争と死刑は国家が行う殺人です。戦争反対と共に死刑廃止を訴えています。袴田巌さんの再審を求める署名活動にも協力させていただき、死刑廃止の声明を出しています。

――矯風会が130年の歴史の中で果たしてきた役割とは?

 一夫一婦制の建白を元老院に提出した矢嶋楫子、足尾鉱毒事件の被害女性の救済に取り組んだ潮田千勢子など、優れた先輩たちがいらっしゃいました。

 1916年、大阪に「飛田遊郭」を作るという時に、全国から矯風会員が集まり、設置反対運動を行いましたが、結局実を結びませんでした。政治に女性が参加できないことが理由の一つだとして、その後は婦人参政権運動に向かっていきます。複数の女性団体を一つにまとめていったのは矯風会の久布白落實やガントレット恒子。特にガントレット恒子は語学も堪能で、「婦人新報」に英国での婦人参政権運動について7回にわたり連載をしています。

 軍縮会議に署名を提出し続けたことも大きな出来事です。1921年の海軍軍縮会議に1万筆、30年のロンドン軍縮会議に18万筆をそれぞれ持参しています。31年の国連の一般軍縮会議には他団体と合わせて17万2千筆を送ったことが記録に残されています。武力によらない平和のための国際的な運動として、矯風会が軍縮会議に熱心だったことは、当時としては大きなことでした。

 それにもかかわらず、31年の満州事変の時には「事変であって戦争ではない」という立場をとってしまった。世間の風潮に流されたのです。

 矯風会100周年記念の「婦人新報」に、女性史研究家の片野真佐子さんが、「柏木義円の苦言」という文章を寄せています。それによると柏木義円は満州事変の前後、道徳の浄化を政治に委ねて自縄自縛し、戦争協力に至ることは、キリスト者としての生き方から逸脱することになると言い、厳しく矯風会を批判しています。当時矯風会がそのことに目をつぶってしまったのは残念です。

 戦後、47年の全国大会で、戦争を阻止できなかったことを懺悔する声明を出しましたが、加害責任までは言及しておらず、96年の創立110周年にあたり「戦争・戦後責任告白と決意表明」を発表しました。具体的な事柄について反省して初めて戦争責任の告白になると思いますが、それはまだ実現できていません。

――1895年創刊の「婦人新報」が昨年120周年を迎え、来年4月から名称変更されるそうですね。

 「婦人新報」を創刊号から合本にしたものが矯風会の資料室や国会図書館にありますが、米国の大学からも入手したいという声があり、貴重な資料として認められたことは嬉しいことです。

 名称変更については、「婦人矯風会」という名前自体を変えてほしいという意見もありました。「矯風」とは、風紀を矯める(正す)という意味ですが、「上から目線」だと言われます。

 会の名称は登記上変えられませんが、「婦人新報」は「k-peace」に変更し、「人権と福祉 女性の視点から」という言葉を添えます。「平和」が根底になければすべてのことは守られないという矯風会の理念から、矯風会の「k」を付けて「k-peace」に決定し、来年4月から変更します。

――矯風会の今後の活動方針・目標をお願いします。

 全国の一人ひとりの会員の活動を心強く感じています。矯風会が130年も続いているのは、各地で皆さんが祈って支援してくださっているからです。

 矯風会は、女性の家HELP、矯風会ステップハウスという二つのシェルターを運営しています。福祉の現場を持っているからこそ実情が分かり、発信ができる。DV防止法や児童ポルノ禁止法などの成立に際しては、実情に即した政策提言を行ってきました。人権事業と福祉事業を柱とする矯風会だからこそできることだと思います。

 今後取り組むべき大きな課題は「居場所のない女性」です。どうして若い人が性産業に就くのか。廃娼運動を一筋に行ってきた矯風会にできる支援とは何かを考えていきたい。性の尊厳を軽視し、性を商品とすることを許容している社会への働きかけも重要になります。

 かつて矯風会は先進的な活動をしてきましたが、今は人権意識が高まり、市民の活動が多岐にわたって活発に行われています。そうした運動と連携していくことが必要だと思います。

 名称に「キリスト教」を掲げていたり、政府の政策に抗議することもあり、企業などの支援を得られにくい状況ですが、それを恐れていてはいけない。キリスト教精神に基づき、誰もが安心して生きられる社会を目指す矯風会であり続けたいと思っています。

     ◆

 創立130周年記念日の12月6日は、矯風会館で午後1時から「祈りと賛美のとき」、1時半から小林緑氏(国立音楽大学名誉教授)の講演「クラシックの女性作曲家〝不在〟の理由」と、女性作曲家の作品の演奏が行われる。無料。問い合わせは同会(℡03・3361・0934)まで。

日本キリスト教婦人矯風会 130年の歩み
1886年 東京・日本橋教会で東京婦人矯風会として発足(初代会頭矢嶋楫子、会員56人)
 89年 一夫一婦確立の建白を提出
 90年 公娼制度廃止を請願(廃娼運動を展開)
 93年 東京・霊南坂教会で第1回全国大会、全国組織成立、日本婦人矯風会に改称
 94年 大久保百人町(現在の所在地)に「慈愛館」設立
 95年 「婦人新報」発行
1901年 鉱毒地救済婦人会を起こし足尾鉱毒問題にかかわる
 17年 婦人参政権運動に取り組むことを宣言
 23年 財団法人に認可
 59年 矯風会館落成
 86年 女性の家HELP開所、日本キリスト教婦人矯風会に改称、創立100周年記念式
2000年 矯風会ステップハウス開所
03年 女性の家HELP朝日社会福祉賞受賞
12年 公益財団法人に認定
16年 創立130周年

 かわの・やすこ 1964年に矯風会に入会。登戸グループ長、法律部長、平和部門長などを歴任。日基教団行人坂教会員。

特集一覧ページへ

特集の最新記事一覧

TO TOP