〝信仰の有無は人に裁断できず〟 『沈黙』めぐり若松英輔氏と山根道公氏が対談 2017年3月4日

 マーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙―サイレンス―』とその原作である遠藤周作の『沈黙』をめぐって、若松英輔氏(批評家・随筆家)と山根道公氏(ノートルダム清心女子大学教授)による対談が2月6日、幼きイエス会ニコラ・バレ修道院(東京都千代田区)で行われた。約220人が参加した。

 若松氏は、「人は信仰の有無を、自分も含めて裁断(明言)することはできない」と述べ、「信仰を意識の問題に換言すると、『踏み絵』を踏んだか踏まないかという問題になってくる。我々が感覚することのできない世界を含んだところが信仰の次元だとすると、誰も生きている間は信仰の有無は分からない」と主張。「『転ぶ』か『転ばない』かは人間の努力。『人はいかに生きるべきか』という問題。『沈黙』が我々に問い掛けるのは『人はいかに生かされているか』ということ。人は努力しても良く生きられないことがある。しかし『生かされている』という次元から見たら、我々が考える良し悪しは二次的な問題になってくる」と述べた。

 山根氏は、今回の映画や原作を通して「遠藤はキリスト教が日本に根付かないと言っている」と誤解される可能性があること、また長崎でキリスト教が繁栄した時に神道や仏教に対する迫害があったことに言及し、殉教者を一面的に捉えるのではなく、総合的に信仰を考えていくことを提唱。『沈黙』の内容が史実と異なることについては、遠藤が史実を丹念に調べた上で、それを凝縮し再構成していることを解説した。

 この対談は、遠藤と志を共にする井上洋治神父が創設した「風(プネウマ)の家」の機関誌「風」編集室が主催した。

映画・音楽・文化一覧ページへ

映画・音楽・文化の最新記事一覧

TO TOP