映画『ローマ法王になる日まで』公開 教皇像の裾野広げる秀作 2017年6月10日

 2013年3月、約600年ぶりに生前退位したベネディクト16世の後を継ぎ、初の南半球出身、初のイエズス会出身として第266代ローマ教皇に就任したフランシスコ。イタリア移民2世で、サッカーとタンゴをこよなく愛する「庶民派」教皇の若き日を描いた映画『ローマ法王になる日まで』(配給=シンカ/ミモザフィルムズ)が公開中だ。監督はイタリア・ローマ生まれ。無神論者だが、映画の撮影を経てキリスト教への見方が変わったと言う。そうした変化をもたらした本作の魅力に迫る。

「信じる人を信じるように」監督

 イタリア移民の子としてブエノスアイレスに生まれたホルヘ・マリオ・ベルゴリオ、後のローマ教皇フランシスコは、大学では化学を専攻し、恋人や友人と連れ立ってパーティーへも出かけるごく普通の学生生活を送る中で、イエズス会士として神に仕える道を選びとった。

 中南米では社会主義政権と軍事独裁とが激しくせめぎ合ったこの時代、聖職者の道のりもまた平穏からはほど遠く、ベルゴリオの周りでも多くの信徒たちや神父たちの命が政治の犠牲となった。貧者の側に立つキリスト教思想として当時の中南米において非常に強い力をもった「解放の神学」が、軍部から警戒され弾圧の対象となると共に、一時はローマ教皇庁からも強硬に反対された。映画はこうした複雑な時代状況を、極めて手際の良いシーン構成によって分かりやすく整理する。

 本作第一の特色は、若きベルゴリオの姿を「将来ローマ教皇となる偉大な人物」としては決して描かないところにある。ベルゴリオは常に悩み、戸惑い、打ちひしがれる。しかしそのたびにどこかから助力が差し伸べられ、かろうじて前進する。先輩神父からは「もっとよく祈りなさい」とたしなめられ、ドイツ留学中には教会で偶然出会ったベネズエラからの移民信徒の言葉に深く心動かされ、涙する。

 こうした情緒あふれる場面がベルゴリオの心の歩みを質実に描く成長譚として連なる一方で、地下活動を行う信徒らの拉致虐殺や神父の暗殺を描くシークエンスでは、あたかもアクション映画であるかのようなスペクタクル演出が施される。この振幅は鮮烈で、偉人の生涯をテーマとする伝記物映画にはありがちな冗長さを完全に免れた本作は、終盤まで一切飽きの来ない一編となっている。

 

 本作を撮ったダニエーレ・ルケッティ監督は、初めにプロデューサーより提供された脚本を一から書き直したという。本紙のインタビューに対し監督は、「教皇が教皇になるべくしてなったという予定調和そのものだった元の脚本を捨てることで、結果的にはベルゴリオという1人の人間により迫ることができた」と語った。

 また、イタリア人であるルケッティ監督がスペイン語を話す現地アルゼンチンのスタッフチームと組むことにより、言葉よりも視覚を重視した映像へと結実する望外の成果もあったという。監督自身が無神論者であることも、ベルゴリオの造形描写の上では適切な距離を生む良い方向に働いたと言えそうだ。

 「キリスト教や宗教全般に対する姿勢や考え方に、何か変化はあったか」との問いに、「信仰のある人を信じるようになった」と応じたルケッティ監督。こうした変化は、本作に触れる日本人の多くも追体験することになるだろう。偉大な人物としてありがたがるのではなく、1人の若者ベルゴリオの心情の動きを説得的に描く本作は、この意味でもローマ教皇がまとうイメージの裾野を広げる秀作として、キリスト者にも非キリスト者にも奨められる逸品に仕上がっている。(ライター 藤本徹)
 

 ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー。

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